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更新日:2024年10月21日
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環境科学センターでは環境について自ら学ぶを支援するため、環境まなび舎で専門家によるわかりやすい記事を掲載しています。生物多様性について知りたい方、深く知りたい方への参考文献も紹介しています。
1. 身近な暮らしと
生物多様性の恵み2. 生物多様性のとらえ方
3.「生物多様性の危機」を
回避するために4.「自然と共生する」とは
どういうことか
5. 読者へのメッセージ
6. 引用文献
矢ケ崎朋樹 公益財団法人地球環境戦略研究機関 国際生態学センター/自然資源・生態系サービス領域 主任研究員
横浜国立大学大学院博士後期課程修了(博士/環境学)。(財)国際生態学センター研究員を経て、2017年より現職。近年は国内・海外(ラオス、フィリピン等)の森林資源の保全や荒廃地修復、環境教育をテーマとした調査・研究を進めている。自然や生物を題材にした学習支援に取り組み、自然保護や森林保全、環境、自然体験の重要性などを紹介している。
武田智子 公益財団法人地球環境戦略研究機関 自然資源・生態系サービス領域 研究員
東京大学大学院都市工学専攻修了(修士/工学)、東北大学大学院環境科学科(博士/環境科学)。その後、国連防災機関(UNDRR)において国際的な防災戦略の導入や、水のエンジニアとして上下水道や産業用排水のプロジェクトにたずさわり、2017年より現職。水・防災専門官として水・気候変動・防災を中心にプロジェクトに取り組むほか、それらのテーマやSDGsとの関連について講演や教育活動を広く行っている。
なお、執筆者の所属等は2021年3月現在の情報です。
私たちは日常的にどのような恩恵を受けているか、身近な家畜(飼育動物)から見てみましょう。今年の干支、ウシ。オクラホマ大学1)によると家畜化された牛は紀元前6,500年の遺跡から見つかっていて、データベースには「赤牛」や「和牛」を含む300種類以上の品種が登録されています。食品売り場には日本各地の様々な味の牛肉や牛乳、乳製品が並んでいます。他にもニワトリ、ブタ、ヒツジ、ダチョウ、スッポンなど食用にされている動物たちの肉や、組織から抽出されるコラーゲンなどの物質に日々恩恵を受けています。ヒツジは肉だけでなくウールという繊維を提供し、私たちを温めてくれます。繊維といえばカイコ。シルク製のマスクや下着、美容液など多様な製品に形を変え、私たちの生活に寄り添ってくれています。カイコは種類によってつくる繭の大きさや形など多様です。遺伝情報をデータベースで保存しているナショナルバイオリソースプロジェクト2)では、お米やメダカ、トマトと並んでカイコの系統保存も行われています。ウェブサイトには色とりどりの繭の写真が並び、同じカイコとは思えないほど多様で驚きます。アヒルやミンク、ワニは羽毛や皮が布団や衣類、鞄などに重宝されています。乗り物として昔から人のパートナーだったのが、ウシのほかにもウマ、ロバ、ラクダなど。力持ちで、車の通れないような過酷な環境でも進むことができます。私たちのかわりに食料を取ってきてくれるのが、鵜飼のウミウ(魚)や養蜂のミツバチ(蜂蜜)です。近年の農薬問題でミツバチが激減してしまっていることから、養蜂のみならず果樹や花きの農家さんなど受粉が必要な方々はもちろん、生態系全体へ広く被害が及んでしまっています。家畜には実験動物も含まれます。ワクチンの開発にはハツカネズミが大活躍しています。ペットも家畜に含まれますが、日本では子どもより犬猫の数が多いなど3)計り知れない安らぎをもたらしてくれてします。コイやキンギョ、メダカなどの魚類も長い愛玩の歴史を誇ります。このように一重に家畜と言っても様々な側面から私たちの生活を支えてくれています。長い歴史の中で、家畜なしには現代社会は築かれなかったでしょう。
また、近年は、生物の構造や機能、生態からヒントを得て、モノづくりに応用する「生物模倣技術(バイオミメティクス)」が注目され、生物学、自然史(博物)学、工学、情報科学など複数分野にまたがる領域で研究・開発が進められています4)。カワセミのくちばしが新幹線のデザインに、“ひっつき虫”と呼ばれるオナモミの果実が面状ファスナーに、カタツムリの殻が外壁材に、ハスの葉の表面構造が超撥水性繊維の開発にそれぞれ応用された事例は有名です(写真, a-d)。生物模倣技術はヒトの暮らしを豊かにする画期的な科学技術であり、その発想・アイデアの源となるのは生物です。地球上から生物種を絶滅させてしまうことは、すなわち、将来の私たちの暮らしを豊かにする可能性のある資源を失うことに他なりません。
写真:実用化された生物模倣技術と生物の例
カワセミのくちばし形状を参考にデザインされた新幹線(a)、オナモミの果実(b-1,b-2)、カタツムリ(c)、ハスの葉(d-1,d-2)
[写真:矢ケ崎]
生物多様性とは、「地球上あるいは特定の地域の中に多様な生物が存在していること」をいいます。地球上の生物は、およそ40億年前の「生命の誕生」以降、環境の変化とともに世代交代や生存競争、複雑な進化の過程を経て現在に至っています。生物の進化は結果として、生物の種類の多様化をもたらしています。
一般に、生物多様性は「種の多様性」、「遺伝的多様性」、「生態系の多様性」の3つのレベルで把握されます。これらの3つの多様性が関わり合い、地球上の生命の多様さ、複雑さが生み出されています。
「種の多様性」は生物分類の基本的単位である「種」(species)に基づくものです。生物分類学は、生物の形態や遺伝子交流の実態(交配できるかどうか)などを考慮して、生物の「種」の概念を発展させています。そのおかげで、私たちは生物を「種」の定義にしたがって1種、2種・・・のように数えることができ、「科」(Family)や「属」(Genus)のような分類学的階級群によって、似た者同士をまとめることができます。「種の多様性」は具体的な数字(種数)で表すことができるため、最もわかりやすく、注目されやすいものです。現在の地球上の生物の種類数は、既知のもので175万種5)と推定されています。未知なものを含めると500万種から3,000万種6)とも言われていますが、正確な数はよくわかっていません。
「遺伝的多様性」は種内の遺伝情報(遺伝子)の多様さを意味します。それぞれの生物種は、親から子へ受け継がれる独自の遺伝情報(遺伝子)を持つ個体が集まって構成されています。しかし、同じ種であっても、長い進化の過程の中で遺伝情報のなかに大なり小なりの変異が生じて異なる遺伝子を持つ個体が生まれ、それらがさらに交配により組み合わさることで種内に個性が生まれていきます。このようにして種内に生じた個性は、外見上識別できるもの/できないものと様々ですが、なかには環境への適応能力の違いとして表れ、種の存続に影響してくる可能性が考えられます。例えば、ある特定の種がどれも同じような遺伝子をもつ個体で構成されている(=遺伝的多様性が低い)場合、環境の変化や病気が生じたときに壊滅的な影響を受け、結果として、種全体としての生存適応能力(耐性)が低下することになります。同じ種であっても様々な個体群を保存する必要があるとされるのは、このような理由で遺伝的多様性を守る必要があるためです。
「生態系の多様性」は特定の地域における生態系の多様さのことで、上記の2つの多様性を保つための基盤となるものです。生態系とは、生物種の集団(生物群集)とそれをとりまく大気、水、土壌などの非生物的要素から成るシステムのことを言います。生態系のなかでは物質・エネルギーが循環し、システムを構成する生物は、生産者、消費者、分解者という固有の地位を占めています。地球上には、森林生態系、湿地生態系、土壌生態系、海洋生態系のように、立地環境や構成要素、規模の違いにより多様な生態系が発達しています。生態系が多様であるほど、生物にとっての多様な住処(地位)が確保され、それぞれの生態系に適応できる様々な生物が維持されます。
近年、生物多様性を脅かす悪影響(生物多様性の危機)への懸念が高まってきています。国際自然保護連合(IUCN)は、世界や地域における生物の絶滅危惧度の科学的評価に貢献し、レッドリスト7)の作成を通して急速に失われつつある生物多様性の現状を世界に知らしめています。世界130カ国以上の政府が参加する「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES(イプベス))は、「人間活動の影響により、世界の推計100万種の動植物が絶滅の危機に瀕している」とする報告書8)を公表しています。「生物多様性の危機」には「開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少」のほか、「人間により持ち込まれた外来生物による生態系のかく乱」などがあげられており9)、すべてが人間活動によるものです。
このような事情から、生物多様性の保全と生物資源の持続可能な利用を世界が共に推し進めていくために、国連のもと生物多様性条約(CBD)が1993年から発効しており、2021年現在、196か国が締結しています10)。その生物多様性条約の目的を達成するために、2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では「戦略計画2011-2020」が定められ、「2050年までに”自然と共生する世界”を実現すること」を目指して、20の個別⽬標が設定されました。この個別目標は「愛知目標」11)と呼ばれ、日本の都市名がついている数少ない国際的な取り決めです12)。いま世界的に生物多様性が注目を集めている理由の一つに、今年この戦略計画が更新される予定であることが挙げられます10)。
日本には、農林漁業などにより長い年月をかけて形成・維持されてきた二次的自然地域13)(里地里山、里海14))が広がっており、近年その価値・重要性が注目されています。その理由には、「これらの地域が暮らしに欠かせない多様な資源の育成・生産の場であること」、「自然と対峙し、自然資源を活用する知恵や技術が豊富に存在すること」、「ヒトに健康や安らぎ・快適さをもたらす自然体験の場であること」などが挙げられます。私たちの暮らしに役立つ優れた点をあわせもつ二次的自然地域は、人間活動と自然とが調和した“現代人の「自然と共生する」暮らしのあり方”を模索する上で多くのヒントを与えてくれることが期待されています。しかし、既存の二次的自然地域の環境収容力には限界があり、人口の集中する都市的地域を含め、現在の全人口の暮らしを支えるには、異なる地域や離れた地域から資源を補完し合うことが必要となっています。2018年4月に閣議決定された「第五次環境基本計画」15)では、「地域資源の最大限の活用」や「地域間での資源の補完」、「地域間におけるパートナーシップ強化」を通して革新的な問題解決と持続可能な社会の実現を目指そうとする「地域循環共生圏」16)の概念が提唱されるようになっています。
いま、私たちは、気候変動の時代に生きています。人間活動による温室効果ガスの排出を減らし、脱炭社会をいち早く築き上げることが喫緊の課題となっています17)。「カーボン・ニュートラル」はその挑戦のひとつで、環境中の物質・資源循環に着目した場合の「炭素の吸収量と排出量が同じで、総量として変化しない(中立的な)状態」をいいます。カーボン・ニュートラルを実現するために、バイオ燃料やバイオマス由来の新素材など、生物由来の資源の活用が期待されています。生物多様性の恵みを最大限に活かす暮らしの知恵と技術が今後ますます重要になってきます。
問1 なぜ、生物の「多様性」を守る必要があるのでしょうか。あなたの見解を箇条書きにしてまとめてみましょう。
問2 「自然と共生する暮らし」とはいったいどのような暮らしを言うのでしょうか。あなたの見解を箇条書きにして要点をまとめてみましょう。
1)オクラホマ大学Cattle
2)ナショナルバイオリソースプロジェクト(https://nbrp.jp/)
3)15歳未満の子ども。一般社団法人ペットフード協会「全国の犬猫の飼育頭数(推計)」(https://petfood.or.jp/)
※トップページより「統計・資料」から「犬猫飼育率全国調査」を選択し、「令和2年(2020年)全国犬猫飼育実態調査」の「主要指標サマリー」を参照のこと。
4)科学技術振興機構.2013.進化する生物模倣の世界.JST news 2013-8時03分-7(https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2013/201308/index.html)
5)Hawksworth,D.L. and Kalin-Arroyo,M.T. 1995. Magnitude and Distribution of Biodiversity.pp.107–191.in Heywood,V.(ed.)1995. Global biodiversity assessment. Cambridge,UK:Cambridge University Press.
6)Vié, J.-C., Hilton-Taylor, C. and Stuart, S.N.(eds.) 2009. Wildlife in a Changing World–An Analysis of the 2008 IUCN Red List of Threatened Species. Gland, Switzerland: IUCN. 180 pp.(https://portals.iucn.org/library/efiles/documents/RL-2009-001.pdf) [英文]
7)IUCN. 2021. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2020-3(https://www.iucnredlist.org/)[英文]
8)IPBES. 2019. Summary for policymakers of the global assessment report on biodiversity and ecosystem services of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services. IPBES secretariat, Bonn, Germany.56pp.
[環境省・IGES(訳)IPBES 生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約(https://www.iges.or.jp/jp/pub/ipbes-global-assessment-spm-j/ja)]
9)環境省生物多様性ウェブサイト「生物多様性に迫る危機」(http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/biodiv_crisis.html)
10)Convention on Biological Diversity (CBD) (https://www.cbd.int/)[英文]
11)環境省生物多様性ウェブサイト「愛知目標」(http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/)
12)他には、生物多様性条約COP10で採択された「名古屋議定書」や第3回国連防災世界会議の成果文書「仙台防災枠組2015-2030」があります。
環境省「名古屋議定書について」(http://abs.env.go.jp/nagoya-protocol.html)
国連防災機関(UNDRR)「仙台防災枠組み2015-2030」(https://www.undrr.org/publication/sendai-framework-disaster-risk-reduction-2015-2030) [英文]
国連児童基金(UNICEF:ユニセフ)子どものための「仙台防災枠組」(https://www.unicef.or.jp/news/2017/0038.html)
13)国連大学「SATOYAMAイニシアティブ・コンセプト」
14)環境省・里海ネット「里海とは」(https://www.env.go.jp/water/heisa/satoumi/01.html)
15)環境省「第五次環境基本計画」(http://www.env.go.jp/press/files/jp/108982.pdf)
16)環境省「地域循環共生圏」(https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12301726/www.env.go.jp/seisaku/list/kyoseiken/index.html)
17)環境省. 2020.「令和2年版環境白書」(http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/index.html)
問1 なぜ、生物の「多様性」を守る必要があるのでしょうか。あなたの見解を箇条書きにしてまとめてみましょう。
(1) 機能的意義:生態系の中での生物種の役割は様々であり、生物が多様であるほど、機能的に補完し合うことが可能になる。このことにより、生態系のなかでの物質・エネルギー循環の恒常性やバランスが保たれる。
(2) 経済的意義:ヒトは多くの生物から様々な恵みを得ている。生物(資源)が多様に存在することで、ヒトの暮らしは豊かになる。
(3) 倫理的(道義的)意義:ヒトは地球上に生存する生物種の一員である。そのヒトが、自らの活動により、他の生物種を絶滅させてしまって良いのか。高度に発達した自らの技術・知恵を用いて、積極的に保全につとめるべきではないか。
問2 「自然と共生する」暮らしとはいったいどのような暮らしを言うのでしょうか。あなたの見解を箇条書きにして要点をまとめてみましょう。
(1) いま喫緊の課題である地球規模、地域レベルの環境問題の解消・解決に寄与する暮らし
(2) いま以上に環境負荷をかけない暮らし
(3) 持続することが可能な暮らし
(4) 生物多様性の恵みを最大限に活かす暮らし
図:2021年にちなんで20種21頭の家畜がヒトの歴史を支えてきた様子を描きました。すべて見つかりますか?
図の回答
時計回りに、ウシ、ミンク、ネコ、カイコ(成虫)、コイ、ダチョウ、ウサギ、ラクダ、ヒヨコ、イヌ、ハツカネズミ、ミツバチ、ブタ、ウミウ、カイコ(幼虫)、キンギョ、ヒツジ、スッポン、アヒル、ワニ、ロバ
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