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更新日:2024年10月11日

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令和6年度第3回黒岩知事と当事者とのオンライン対話 開催結果

令和6年度第3回 黒岩知事と当事者とのオンライン対話

開催概要

令和6年9月4日に開催した「黒岩知事と当事者とのオンライン対話」の結果概要を掲載しています。

テーマ困難に直面した子ども・若者の支援を考える

貧困や虐待、不登校など、様々な困難に直面している子どもや若者がいるなか、近年特に話題になっているのが“ヤングケアラー“。様々な事情から家事や介護、親兄弟など家族の世話に多くの負担を強いられる“ヤングケアラー“について、その実態を知り、幸せに生きるための共生社会の実現について意見交換を行いました。

対話相手

株式会社SanaSana代表取締役、日本ケアラー連盟スピーカー 沖村 フォンデビラ 有希子 氏

こどもぴあ代表 坂本 拓 氏

特定非営利活動法人プラットファーム 理事長 北川 幸子 氏

スクールソーシャルワーカー 渡邉 香子 氏

高校生ヤングケアラー (仮名)鈴木 氏

司会

フリーアナウンサー、元ヤングケアラー 町 亞聖 氏

実施結果

神奈川県 情報公開広聴課長
皆様、本日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。ただ今より、令和6年度第3回『黒岩知事と当事者とのオンライン対話』を始めます。本日のサポート役を務めます情報公開広聴課長の望月と申します。よろしくお願いいたします。この対話は、様々な課題に対する当事者の皆様の生の声を直接知事が伺い、当事者目線の意見をいただくことで、今後の県の施策につなげていくものです。この様子はYouTubeでライブ配信を行うとともに、アーカイブで県のホームページにも掲載いたします。
今回のテーマは「困難に直面した子ども・若者の支援を考える」。中でも近年特に話題となっているヤングケアラーについて意見交換を行います。本日は1時間、16時ちょうどまでを予定してございます。YouTubeをご覧の皆様は是非Xから「#おんらいんたいわ」を付けてご意見をお寄せください。なお「おんらいんたいわ」は平仮名でお願いします。それでは意見交換に先立ち黒岩知事からご挨拶申し上げます。

知事
本日はご参加いただきまして誠にありがとうございます。神奈川県知事の黒岩祐治です。このオンライン対話というのはですね、私は当事者の生の声といったものを非常に大事にしてまいりました。当事者目線の県民目線の行政を進めていきたい、そんな思いでこれを実現してるわけでありまして、その時その時様々な課題テーマでですね、ゲストの皆さんに集まっていただいて、このオンラインで直接語り合うということであります。皆さんの生の声をできる限りですね、県政に反映していきたい、そんな思いを持ってこの対話に臨んでおります。
今回のテーマは「困難に直面した子ども・若者の支援を考える」ということであります。私も知事になって14年目になりますけども、この「子ども」という課題がですね、年々大きくなってきているということを実感していますね。子ども食堂なんて言葉は当時なかったですしね、ヤングケアラーなんて言葉も聞いたことなかったけれども、そういった新たな言葉がどんどん出てきている、子どもたちに様々な課題が生じてるのかなっていうことを実感する次第でありますけども、その生の声を聞かせていただいて何が必要なのか、それを一生懸命皆さんとともに考えていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

神奈川県 情報公開広聴課長
ではここからは進行を交代いたします。町さん、よろしくお願いいたします。

進行 町様
はい、よろしくお願いします。フリーアナウンサーで元日本テレビでアナウンサーと報道の記者をしておりました町亞聖と申します。私自身も18歳の時に、高校生の時に、母の介護に直面したヤングケアラーの当事者の一人です。問題の解決は当事者目線ということで黒岩知事もおっしゃっていましたけれども、問題の解決は当事者の声なくしては成し得ないというふうに思ってますので、今回知事に声を届ける貴重な機会ですので、皆さんよろしくお願いします。参加者の皆さんからひと言ずつご挨拶をいただきたいと思います。こちらからお名前をお呼びしますので、ひと言ずつお願いします。
まずお一人目です。ヤングケアラーの当事者の一人でいらっしゃいます、沖村フォンデビラ有希子さんです。どうぞよろしくお願いします。

沖村様
よろしくお願いします。皆様初めまして、あとお久しぶりの方もいらっしゃいますが、日本ケアラー連盟スピーカーの沖村フォンデビラ有希子と申します。私は障がいのある母を介護してきた元ヤングケアラーで、県内で障がいのある方へホームヘルプをする会社を経営しながら、現在も母と1歳の娘をケアするダブルケアラーという立場で本日は参加させていただいております。よろしくお願いいたします。

進行 町様
はい、よろしくお願いします。沖村さんは日本ケアラー連盟のスピーカーも務めていらっしゃいます。日本ケアラー連盟は早くからケアラーの問題に取り組んでいる団体で、私も実は国会で議員連盟さんに意見を言う時にご一緒させていただきました。よろしくお願いします。
続いては、こどもぴあ代表を務めている坂本拓さんです。坂本さんよろしくお願いします。

坂本様
よろしくお願いします。精神疾患の親を持つ子どもの会『こどもぴあ』という団体を運営しています、坂本拓と申します。母親が精神疾患を抱えているということで、ヤングケアラー経験だったりとか、今はその経験を基に地域生活支援、精神障がいを抱えた方の生活支援をしているところです。神奈川県では茅ヶ崎とか藤沢のほうで神奈川県社協(神奈川県社会福祉協議会)さんに声をかけていただいて、ヤングケアラーとか精神疾患の親というところで講演会などさせていただいています。よろしくお願いします。

進行 町様
はい、よろしくお願いします。こどもぴあ、2018年補足した子どもの会というのは非常に、親の当事者の会はありますけれども、なかなか子どもの会はなかった時に立ち上がった団体です。今日はお話伺えるのを楽しみにしていました。お願いします。
そして続いてプライバシーの保護のため、今日お名前は仮名、顔は出さず声も変更させていただいています。高校生、現役のヤングケアラーです。鈴木さんお願いします。

鈴木様(仮名)
はい、私は現在高校生です。うつ病を持つ母のケアをしているヤングケアラーです。このような機会をいただきとてもうれしいです。とても緊張していますが、本日はよろしくお願いいたします。

進行 町様
はい、よろしくお願いします。本当はリアルでね、お会いできたらもうちょっと緊張ほぐせたんですけれども、今日はちょっとこういうかたちですが鈴木さんの貴重な声、みんなで一生懸命聞きたいので、緊張しないで大丈夫ですのでよろしくお願いします。
続いては子どもの居場所作り、多世代の交流に取り組んでいらっしゃいます北川幸子さんです。北川さんよろしくお願いします。

北川様
はい、よろしくお願いいたします。特定非営利活動法人プラットファームの北川と申します。よろしくお願いいたします。私はですね、横須賀市内のほうで子どもと若者の図書館という私設図書館を3箇所運営しております。必要な情報と安心できる場所を提供する私設の図書館ということで、子どもを中心として、子どもが困っていなくても日頃から楽しく過ごせる場というかたちで運営する中で地域の方々も集まって、そこで多世代交流が生まれて助け合いが生まれるというようなことを意図して運営しております。関東のほうで延べ16館ほどあるんですけれども、神奈川県さんとは横須賀市の津久井浜の県営団地の中で図書館運営させていただいていることもありまして、ご縁があり、ありがたいと思っております。本日よろしくお願いいたします。

進行 町様
はい、よろしくお願いします。北川さんは支える側ということで今日お話いろいろ伺います。
そして最後に、横浜市でスクールソーシャルワーカーをされています、ヤングケアラーでは私はカギを握るキーパーソン、専門職かなと思っています。渡邉香子さん、よろしくお願いします。

渡邉様
はい皆さんこんにちは。スクールソーシャルワーカーの渡邉香子です。スクールソーシャルワーカー、聞き慣れない職業かと思うんですが、学校現場で不登校や貧困などの困り事に対して子ども本人や保護者、先生方、関係機関と連携しながら解決に向けた支援を行う社会福祉の専門職です。今県内には、子ども一人一人の生活の質の向上と子どもを支える学校や地域を作るということを目指して、たくさんのスクールソーシャルワーカーが働いています。本日はヤングケアラーについて私たちの使命でもある子どもたちの生活の質の向上という側面から皆さんとお話ができたらなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

進行 町様
はい、よろしくお願いします。今日はこのメンバーで意見交換を行っていきます。限られた時間ですけども凝縮したお話を伺えればと思います。本日は2つのパートに分けてお話を伺います。最初のパートでは、ヤングケアラーとしての経験と現状あとは支援活動している方の活動の経緯、そして活動を通じて知ったヤングケアラーの置かれている現状などを伺っていければと思います。そして2つ目のパートのほうでは課題について、あとこれからどういう支援があったらという希望も伺えればと思っております。そして参加者の皆さんにお話しいただいたあとに知事からコメント、続いて質疑を行っていきたいと思います。
それではまずヤングケアラーとしての経験現状など、あと今の活動に繋がる部分を聞いていきたいと思うんですけども、沖村さんからまず伺っていきたいと思います。お母さんが障がいをね持っているということなんですけども、沖村さんお願いします。

沖村様
はい。私がヤングケアラーになったのは11歳の時で、交通事故によって母が重い障がいが残ったことで全介助の一人介助を担うことになりました。それまで2人暮らしの中で母が担ってきた家事であるとか、その、経済的な支えというもの、母が、一時的に社会に出られなくなってしまった期間があったことで、その部分っていうのを担わなければいけなくなった状態でして、その当時小学6年生でしたけれども、母以外の家族資本に頼れるような状況ではなかったっていうことと、あとは、社会であるとか他人に助けを求めた時にどこに助けを求めればいいのかわからなかったり、あとは、どうやって繋がるのかわからないし、その繋がろうとした時に、その繋がるってことが難しくて支援が遠いなっていうふうに感じたりとか、あとは求める支援に辿り着けなかったという経験が多々あります。あとは、現在会社を起業するに至るまでのいきさつとしましては、やっぱり現状ヤングケアラーっていうのも18歳までを指す言葉として認知されているんではないかと思うんですが、私の場合もちょうど18歳の時に交通事故の裁判が終結しまして、当時生活保護を受けていたんですけれども、そのお金が徴収されてしまったことで、進学にすごく苦労したということであるとか、なんとか奨学金を得ることができて進学することはできたんだけれども、そのあと家を出て、母と別で暮らしながら生活するであるとか、あるいは大学を出たあと母を扶養しながら働くことの難しさっていうのを感じて、現在自分で会社を起業するに至っています。また今は親として子どもを育てているっていう立場でもありますので、やっぱり親としての目線っていうのも感じ取っている最中でして、はい。今日は皆さんといろんな話ができたらいいなと思っております。よろしくお願いします。

進行 町様
はい、ありがとうございます。11歳、小学生だともう本当にね市役所に行くっていう発想自体も思い浮かばない年齢だったというふうに思いますし、ヤングケアラー18歳未満というのも、子ども・若者育成支援推進法では年齢で線を引かないということにはなったので私もそれはほっとしています。年齢での線引きはしないで、やはり大人になるそこの制度も、やっぱり足りてないんだなっていうのが今の沖村さんの話で伝わってきました。ありがとうございます。
そしてですね続いては坂本さんですね。坂本さんもお母さん精神疾患ということですけども、その経験あとね今どういうふうに活動に繋がっていったのか教えてください。

坂本様
はい、ありがとうございます。僕の母親は僕が中学生の頃にうつ病とパニック障がいを発症しました。詳しい発症タイミングってのはわかんないんですが、少しずつ子どもながらに異変だったりとか親の状況が変わっていったっていうのを気づいていったのが中学生の頃だったかなと思います。で実際に母親に対してやっていたことというのは、話を聞いたりとか母親を心配させないように振る舞ったりとか寄り添うことがメインでした。ヤングケアラーで言うと情緒的ケアみたいなものを担っていたかなと思いますけど、ただ、その当時も大人になってからも、あの当時にケアをしていたかどうかっていうのは結構定かではない、自分としてもケアをしていたっていう感覚はあまりないのが現状です。で1日1日、母親が泣かないで過ごしてくれたらいいなっていう気持ちは、当時はずっと思っていて、ただそれを実現するために自分のことを我慢したりとか悩んでることを話せない状況だったりとかそういった状況は僕だけじゃなくて、母親も大変だっただろうなっていうのはすごく感じています。
実際に誰かに頼るってことはやっぱり沖村さんがおっしゃっていたように僕もできていない、精神疾患というものに対する偏見みたいなものを僕自身が感じていたし、母親自身も内なる偏見みたいなものはあったと思いますし、あとは僕も母に何が起きていたのかもわからないで、その状況をどうやって言葉にすればいいかもわからないし誰になんて言って誰がどう助けてくれるのかもイメージがわからなかったので、結局は孤立していた状況っていうのは望ましくないのは今わかるんですけれども致し方なかったかなっていうのが、今振り返って思えることです。
で実際に今仕事で、ソーシャルワーカーっていう仕事をしているんですけど、社会資源、徐々に充実してきているかなと思います。ただ実際に本人目線で考えた時に使いづらさとか、情報が行き届かない状況とか手続きが子どもにしては複雑だったりとか、なんか利用すること自体への抵抗があったりとか、いろいろハードルが高いっていうのも痛感しています。なんかその点に関しては、一ソーシャルワーカーとしては専門職としても反省する点でもあります。で、行政の用意していただいた社会資源とか、そういったサービスではまかないきれない部分を今我々が活動しているこどもぴあという団体で、仲間同士で語り合って支え合っていくっていう活動をするに至ったのが現状です。はい、僕からは以上です。

進行 町様
はい、坂本さんありがとうございます。やはり精神疾患ね抱えてる親を持つお子さんの多くが、その病気自体をまずちょっと認識できない。あとは本人、親もつらいというところあと病気のね偏見がやっぱりここの部分はやっぱり未だに多分社会の中では根強い部分だと思うので、なかなか医療にも繋がれなかったりっていうこともね、今もやっぱり多いんじゃないかなというふうに思います。ありがとうございます。
そして続いてですね、はい、現役の高校生で家族のケアをしている鈴木さんです。ご自身の経験、話せるところまでで大丈夫ですので鈴木さん、よろしくお願いします。

鈴木様(仮名)
はい、よろしくお願いします。私が物心ついた時には、母はすでに日常的に家事ができたりできなかったりしていました。ひどい時は横になって休まないといけなかったり話すことも難しいくらい、つらい症状を持って生活していました。小学生までは母方の祖母が手伝いに来てくれてたんですけど、2人の折り合いがうまくつかなくなり、祖母は去り、母と私と父で生活するようになりました。父は仕事の影響もあって介護や家事は主に私が補うようになっていました。本格的に私が母の洗濯など家事の全般や、長い時とかは1日中話を聞いて寄り添うなどの心のケアを補うようになっていて、高校生になって現在は自分自身の将来のために周りの力を借りて勉強をしています。以上です。ありがとうございます。

進行 町様
はい、ありがとうございます。物心ついた時にはね、もう横になっていたと、なかなか暮らしがままならなくなっていたということですけど、でもじゃあ鈴木さん、家のことやっていたということなので、なかなか自分のために時間を使うっていうことがなかなか難しい、今もそういう状況だということですか?

鈴木様(仮名)
そうですね。なかなか自分のことに集中できなかったり、今は小中学生の頃よりは落ち着いてるんですけど、ちょっと今でもやっぱ母が体調が悪い時は勉強が集中できなかったり、なかなか自分のことに熱心になれないっていうのが結構問題かなって思ってます。それは自分だけじゃなくて、他の今のヤングケアラーの子どもたちも同じ状況なんじゃないかなって考えています。

進行 町様
はい、でもねお母さんのことはやっぱり放っておけない、なんて言うでしょう、坂本さんもケアしてたという感覚ではないというふうに言ってました。やっぱり大切なねお母さんのやっぱりそばにいるっていうこともね、娘としてはなんかやってあげたいというやっぱり気持ちでいますか?

鈴木様(仮名)
そうですね。やはり通院なども難しいこともあるので付き添いに行ったりとか、薬とかもやっぱり飲んだり飲まなかったり大量に飲んでしまったりなどあるので、そういうところの工夫などは家族として心配だなと感じています。

進行 町様
はい、ありがとうございます。今日は本当に貴重なね、なかなか鈴木さんこういう機会初めてだということなんで、ありがとうございます。

鈴木様(仮名)
不慣れな点もありますが、お願いします。はい、ありがとうございます。

進行 町様
そして続いて、私もちょっと冒頭で言いましたけれども、私の経験も短めにと思いますが、私の母、くも膜下出血という病気で倒れて中等の重度障がい者です。で、車いすの生活になりました。で、私が18歳で、あのね沖村さんがヤングケアラー18歳未満っていうふうに、当初ちょうどそういうふうに線を引かれてたんですが、私自身が18歳、年齢で区切らないでってこだわってたのは私自身が高校3年生、18歳だったからなんです。高校生には17歳と18歳が混在するので、18歳未満でやっぱり線を引かれると17歳までになっちゃうっていうのもあったので、その線が引かれなくなったことは良かったです。弟が15歳で妹が12歳と中学校・小学校だったということです。で、このきょうだい2人の世話もそうですし、沖村さん鈴木さんと同じで家のことやったりとか、ただ我が家の一番大きな問題は障がいを負った母の介護よりも、お酒を飲んでちょっと暴れてしまうという酒乱気味な父のことのほうが非常に大きな問題でした。
あとは経済的にプラスアルファ、沖村さんがね生活保護の賠償金が没収されてしまうという制度の不整合というか矛盾の壁にもぶつかったと話ありましたけれども、我が家も金銭的な貧困にもう直面してまして、私も妹も奨学金で大学に通ったりしました。もう本当に洗濯が終わらなくて家族5人分の洗濯がもういつまでも終わらないっていうことをすごく記憶してますし、あとは自分が、当時はヤングケアラーという言葉ありませんのでヤングケアラーだっていう自覚はもちろんなかったんですけれども家に帰ってね、誰もご飯を作ってくれないことだったりとか、あとお茶碗がご飯食べたあとのお茶碗が、私が洗わないとずっとシンクの中に溜まり続けるという、もうそれを見てうちはお母さんが家のことできなくなったんだっていう現実を毎日毎日突きつけられるというような感じでした。で、終わらない。それが新しい暮らしの始まりだったという感じです。ちなみに18歳で父の確定申告にも行ったりとか、およそ子どもがやるようなことじゃないものまでですね、弟と妹の卒業式に行ったり入学式行ったり三者面談行ったりもしたりしてました。でもそのことがきっかけで様々な生きづらさを抱えて、ヤングケアラーだけじゃなくて難病だったり癌だったりとかいろんな被害者ですね、医療事故だったりの被害者の人たちの声を聞くという仕事をして今に至っています。自分のことは私も本当あと回しだったなというふうに思いますが、今その経験を生かして介護・医療の取材、あと都立高校でも昨年からヤングケアラーの授業をすることができてまして、実際に現役のヤングケアラーに夢諦めなくていいというメッセージを届けられてるので、このために私の経験はあったなっていうふうな思いで今います。
そして、続いては困難な環境にいる子どもたちを支援している北川さんから現場の声を伺いたいと思いますが、これきっかけ、どういうきっかけでやっぱり子どもの居場所作ろうと思ったのかなど、あとヤングケアラーが置かれた現状について北川さんの目から見てどんな感じなのか教えていただけたらと思います。お願いします。

北川様
はい、ありがとうございます。いやもう冒頭聞き入ってしまってうんうんって頷くばっかりで、私が今の活動を始めた理由としましては、低年齢の児童虐待っていうところに関心があったことがきっかけではあるんです。ただ、今やっていることとしては地域の中に本当に誰でも楽しく気軽に足を向けられる場所っていうのを作ろうというふうなのが今の活動になります。で、なぜそれになったかと言いますと、児童虐待もヤングケアラーもそうですけれども、その周りの方に先ほど坂本さんの話にもありましたけど、気づかれないようにとかっていうかたちだったり、その偏見だったりとかそのやはり確認できないようなことに日々、苦を抱きながら生活をしているっていう状態の時において、支援がここにあるよっていくら言ってもやっぱりそこは遠い場所かなっていうふうに思うんですよね。
で、あと今私がやっている場所としては低年齢の子から中高生の子、言ったら25歳ぐらいまでっていうふうには思ってるんですけれども、あのやはり小さい頃から親しんだ場所にいざとなった時に行けるっていう状況を作っておくっていうようなことを思っているので、そういう意味では低年齢の子でも図書館っていうのはわかるし、そこに行ったら本を読む読めるっていうことは全国、世界的にも共通言語としてあるので、そういった意味で図書館というかたちでどんな年代の子でもここに来たら一緒に本を読んで過ごすことができる。このハードルの低さを生かして図書館というかたちで活動を始めたというのがあります。で、まずこういったように地域の場所に繋がることで何かがあった時に少し心のことを打ち明けられる関係性がある人がそこにいるとか、ここでだったら誰にも話さないけど、でも自分の心の中は整理できるだったりとか、そういうような時間が作れるんじゃないかなということを想像して今の活動に至っております。ですので、あの裏っかわにはそういったようなことがあるんですけど、表向きはすごくポップに明るくやっている日々があります。

進行 町様
ありがとうございます。明るくということでね、それも大事かなと思います。困ってる人おいでっていうので言われても、本当に困ってる人って実はそこには行けなかったりするんですよね。で、あの北川さん、そもそも虐待が出発点だったということですけども、やっぱり問題が起きてからではなくて、その前から繋がりがあればというそういう場所が増えてくれるのはすごく必要だというふうに思っています。本当に私、児童養護施設出身の子たちの支援の活動も関わってるんですけれども、やっぱりみんなが言ってるのは見て見ぬふりしないで気づいてくれたらっていうのをね、やっぱりみんなが言ってたので、なんかその前にこう気づけるようなね、そういう集まれる場所っていうのはすごく大事だというふうに思います。ありがとうございます。
それでは続いて、スクールソーシャルワーカーとしてヤングケアラーと関わってきた、生活の質をね向上させるというふうにさっきおっしゃってましたけれども、具体的な仕事の内容も含めてそれでは渡邉さん、よろしくお願いします。

渡邉様
はい、よろしくお願いします。学校現場ではね、先ほどヤングケアラーの皆さんが語ってらっしゃったように多くの子どもたちがいろんな問題を抱えて生きているのだけれども、学校の先生からはそれが見えにくいっていうのが現状で、私たち気がつかないままに子どもたちの生活の質がどんどん低下しているっていう状態になっているのかなっていうふうに思っています。学校っていうのはね、すべての子どもたちが通う場所ですので、ヤングケアラーに限らず虐待や貧困なども発見するっていうことが求められています。子どもたちが発する小さなSOSに気づくっていう役割ですね。ただ、このSOSがじゃあどういったかたちで出てくるかって言うと、例えば遅刻欠席が多い、早退が多いとか、あと元気がないとか、部活動をやめてしまったとか、あとお友だちとの約束が守れなくてトラブルになったとか、あと将来の夢を語らないであるとか、本当に子どもによってサインはすごく違っている。で、なおかつとってもありふれたサインなんですね。だけれども、たくさんの子どもたちを育ててきている先生方には、「あれなんかおかしいぞ」っていうアンテナが動く時があります。で実際に私が出会ったお子さんについて、3、4人まとめて加工して個人が特定されないかたちでちょっとお話をしたいなと思っています。
私が出会った子どもは中学校2年生でした。2年生の5月以降、急に遅刻や欠席が増えて担任に「高校に行きません」「部活動もやめます」て言っていたお子さんでした。一見するとこれ「怠け」のようには見えるんですね。でも担任は彼女のとても勉強熱心なこと、あと部活動が好きだったことを知っていたので、もしかしたら家で何かがあったのかなって心配して私に相談してくれました。で、私と担任と一緒に面談をしたんですけれども、やはり彼女多くは語らないんですね。だけれども、何かの拍子に保育園の妹がいてその妹の送迎をしているってことを語ってくれたんです。で、子育て経験を持った担任が「いや大変なんだよね送迎って、時間に縛られるしさ」って「毎日毎日本当にお疲れ様、ありがとうね」って言ってくださった。で、その言葉に本人が反応していろいろ彼女が抑えていたものを話をしてくれた。「夕飯作って洗濯して妹寝かしつけて自分も一緒に寝ちゃう。目が覚めると2時。宿題に取り組もうと思っても気力が湧かない。だからYouTubeを見てやり過ごしてしまう。で、寝つけないから朝が起きれない。だけど保育園に送ってかなきゃいけない。そうすると妹と朝から大喧嘩になる。毎日が戦争なんだ。でも本当はね、大好きな英語をもっと勉強したいし英語の先生になりたいって思ってたんだけど、もう無理だよね」って語ってくれました。
で、私は彼女の了解をもらって要支援児童等の情報提供っていうものがあるんですけれども、それで市役所に連絡をしました。で、そうすると市役所が調査をしてくださって、その1年前に彼女の両親が離婚して、それ以降お母さんが精神的な疾患を抱えたっていうことがわかりました。ただ、彼女が語るお母さんの状態と市役所が把握しているお母さんの状態がちょっと違っていたので、障がい支援担当の力を借りてお母さんと病院との連携をお願いしました。そうするとお母さんの病名が実はちょっと違っていて、内服薬も変わったってことがありました。で、その内服薬変えてからお母さんの状態が良くなって、妹さんの送迎ができるようになって1時間ぐらいなんですけれども、本人の時間が取れるようになったっていうことがありました。子どものもう小さな小さなSOSなんですけれども、それに気がついた担任と、あと、情報を受けた市役所が調整をしてくださったこと、それぞれの機能と歯車が噛み合ってほんの少し子どもの生活の質を向上させることができたんじゃないかなって思っています。けれども、もう本当にこれはごくごく一部の例で、学校現場ではこういった支援に繋がらないヤングケアラーがたくさん存在して、あとどうしたらいいのかわからない教員が戸惑っているっていうのが現状だと思っています。

進行 町様
はい、渡邉さんありがとうございます。具体的な例だったので、どうしたらいいのかっていうのが浮かび上がってくるエピソードだったと思います。それではここで黒岩知事、それぞれのお話伺ったうえで感想とあと質問などあれば、よろしくお願いします。

知事
いややっぱり生の声ってすごいですね。これが現実なのかなっていうことを聞いて、それぞれ非常に具体的なお話でそういうことやっぱあるんだなって、見えなかったことがこうなんか少し見えたような気がしてですね、やっぱり当事者の生の声を聞かせていただくというのは本当に大事なことだなと思いましたね。時間の関係であとでもうちょっとやり取りもしたいと思うので、ちょっと簡単にひとつだけ聞きたいと思うんだけども、鈴木さんね、せっかく出てきてくださった。本当にありがとうございます。
実はですね、この現役のヤングケアラーの人のやっぱりお話を聞きたいなということで、実はいろんなかたちでスタッフもですね探してくれたんですけども、やはりなかなか難しかったんですよね。そんな中で鈴木さんがこういうかたちでね、参加してくださったこと本当に心から感謝したいと思いますね。そんな中で鈴木さんひとつだけね聞かせていただきたいと思うのは、今の最後の渡邉さんのお話があったようにね僕もちょっとそれはどうなのかなと思ったんだけども、一番近い人は学校の先生ですよね? 鈴木さん、その学校の先生に例えば相談したとか、学校の先生はそういうことがわかってるとか、この辺りはどうなんですか。教えてもらえますか?

鈴木様(仮名)
はい、こちらこそありがとうございます。こんな貴重な機会をいただき。そうですね、学校の先生には小中一度も言ったことがなくて、一人でなんとか問題が起きてもすべて解決するようにしていたっていうことがあって、でもちょっと高校になってからは友人関係でも言いやすい環境作りができてて、それをきっかけに先生にもやっぱ話したほうがいいんじゃないかって友人の勧めもあって、ちょっと高校になってから高校の先生に話すきっかけになっていろんな話をするようになりました。

知事
高校の先生はそのことについてなんかこう、積極的に相談に乗ってくれました? 具体的なことも起こしてくれましたか?

鈴木様(仮名)
そうですね、ただ話を聞くだけっていう感じで、正直やっぱり家庭のことなので立ち入りができないっていう感じになってしまうのと、なかなか行政とか支援とかに繋がったことはやっぱないですね。

知事
その辺非常に大きな問題だなと感じるんですけど、後半のあれもあるのでね後半全部終わってからちょっと改めて、皆さん討論したいと思いますね。じゃ町さん続けてお願いします。

進行 町様
はい、黒岩知事ご配慮ありがとうございます。でも今とてもいい質問が黒岩さんから出ました。で、それ渡邉さんのお話だから合わせて聞くと多分役割が違うんだというふうに思うんですよね。だから学校の先生に話せたその先がやっぱり地域の中にいる社会福祉に詳しい人たちだったり、北川さんみたいに民間で居場所作ってる当事者でサポートしてるみたいなとこに先生が繋がれるかがすごく重要なのかなと思うんですけども、ちょっと後半は順番を逆にして課題と今後どういう支援があったらというところを皆さんに伺っていきたいと思います。
まず渡邉さん、今ね、より具体的なお母さんが病院と繋がれた「連携」という言葉が出てきましたけれども、現在の課題そして何が今後必要だと思うか、渡邉さんからお願いします。

渡邉様
はい、ありがとうございます。本当にヤングケアラーの支援をしていて私が思うのは、ヤングケアラーの支援の現場で多くの人が悲しみを抱えているなっていうことなんですね。ケアに時間を取られて宿題や勉強や友だちと遊ぶことができない子ども。あと成績が低下をして家庭の状況から将来の夢を諦めなきゃいけない子ども。あと高校になるとアルバイトで家計を支えている子ども。あと保護者の場合は自分のことを自分でできないことに苛立ったりとか、あと子どものケアや家事を担わせている自分を責めてしまう保護者。それから自分の担当している子どもがヤングケアラーであることに気がつかなかった、そういうことに自分を責める先生。あと教育の力だけでは、子どもの生活が支えられない、先ほどの鈴木さんの先生も多分そうだったと思うんですけれども、自分の力の足りなさに虚しさを感じてる先生。あと最後に私たちスクールソーシャルワーカーも連携の窓口でありながら、なかなかその力が発揮できない状況にあるっていうことで、戸惑いや悲しさを抱えているってことがあります。
この悲しみとか苛立ち、戸惑いにどうやって立ち向かっていくのかっていうことを考えた時に、私は2つ必要かなって思っています。ひとつはまず発見すること。見つけることはもちろんなんですけれども、なんで子どもたちがSOSを発信できないのかっていうことに、しっかり着目をしていくってことが必要なんじゃないかなって思っています。先ほど子どもの権利っていうお話もありましたけれども、子どもの権利条約にはすべての子どもの命が守られて、持って生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう医療、教育、生活への支援などを受けること、ということが保障されているんですね。で、教育は子どもの能力を伸ばしていくってことなんですけれども、でもその教育を授けていくためには安心して学び育てられる生活環境が必要なんです。だからこそ生活への支援を求める、受けられるっていうこの権利をね、子どもと大人と同じ言葉で学んでいかなければいけないんじゃないかなと思っています。そのうえで大人は、子どもたちの言葉に目を向けてあと動きに目を向けてSOSをキャッチして、キャッチしたら必ず課題解決をして、あともうひとつは子どもが必要とするサービスを開発するっていうことが、取り組まなければいけないことではないかなって思っています。
2つ目が、町さんがおっしゃる連携だって思っています。子ども自身を支える福祉のサービスっていうのはほとんどない状態なんですね。ヤングケアラーを支えるためには家族に関わるあらゆる大人と機関が集って、その子の子ども応援団っていうものが必要なんではないかなって思っています。子どもを中心に家族とか学校、行政や福祉機関が集まって子どもの生活の質の向上のためにどうしたらいいのかっていう作戦会議を開く、この子ども応援団の連携にこそヤングケアラーを支えるカギがあると私は思っています。

進行 町様
はい、渡邉さんありがとうございます。たくさんの要素ギュギュッと短くお話いただきました。まさにね子ども応援団を作っていければというふうに思います。
そして続いて北川さん、ヤングケアラー支えるうえでの課題、あと今後何が必要だと思いますか?

北川様
はい、そうですね、私先ほどお話しそびれましたけれども私の周りにいるヤングケアラーというお子さんたちでは、私の環境から言いますと、小中学生が多いかなと思います。そういった子たちはやはり自分たちの生活環境が少し違うっていうことを知らないままにその生活を続けているというのがまず多々あります。ですので、そういったその何が正解っていうのは生活においてはないとは思うんですけれども、こういうような生活スタイル、生活習慣が健やかな今後の成長に繋がるというようなことを明確にお話ができるような機会っていうのを、日常的に作っていきたいなというふうに思っています。で、そういった時に子どもがそういうような機会を得られるっていうのは、やはり学校の環境だったりとか、もしくは、その学校から推奨されるような場所に行ってそういうような時間を設けるだったりとか、そういうような形で子どもの生活圏内の中にそういうような機会を入れていけたらなっていうふうに切に思っております。
また、その環境という点で申し上げますと先ほどの私の活動にも通ずるんですが、子どもの変化っていうのは大変些細なものであって、日常的に見ているからこそ気づけるみたいなところもたくさんあるんだと思うんですよね。そういった時にその日常的に見ているってどういう状況かと、最近の社会では公園に行っても知らない人がいきなり声かけてくると怖いぞっていうのもありますし、子どもが本当に気軽に行っていろんな人にその通常の状態を知っといてもらえるっていうのは、やはり少ないかなって思うんですよね。そういった意味で学校さんが抱える負担というのは非常に大きいですし、一方で学校さんは教育の場としてあられる中で生活の問題というのを発見した時に、それを適切に対応するというのにはやはり限界があるかと思っているので、そういった意味でソーシャルワーカーさんだったりとかスクールカウンセラーさんだったりとかいろんな方の力を借りるとは思うんですけれども、よくある資源の限界というのがあって、やはり皆さんが常にそこにいらっしゃるわけではないので、そういった時に地域のほうでやっているような私どものほうにも繋がれるように、是非、情報共有だったり協力体制だったり日頃の連携というものが強く作っていけるといいかなというふうに思っています。
で、もうひとつなんですけれども、特に横須賀エリア、神奈川県でも比較的海外の方いらっしゃると思います。で、海外ルーツの方々においては、また別の生活習慣を持ってらっしゃることもあるので、なんかそういったようなことにも配慮をして今のその親子の関係だったり生活の環境というものを否定することなく仲間だからなんとなく話した時にちょっと教え合えてもらったよみたいなそういうような自然な流れで、自分の生活を徐々に徐々にしていくというような流れが作れるようなことが、理想かなっていうふうには思っております。

進行 町様
北川さんありがとうございました。やはり日頃を見てるから気づける、やっぱ大人のねアンテナの感度の高さを磨いていきたいなっていうふうにも思いました。それでは鈴木さん、今現役でねケアしてるという高校生現役ですけれども、今感じてる課題と今後希望すること、こんな支援あったらなっていうのを教えてください。

鈴木様(仮名)
はい、私自身もヤングケアラーのことを高校生になってから調べるようになり、私以外にも様々なヤングケアラーがいるっていうことを知るきっかけになりました。ヤングケアラー当事者は毎日生きていくことや介護に追われ、自分が当事者であることに気がつくことができなかったり、普通の学校生活がなかなか送れず、友だちと遊んだりすることも遮られてしまうことなど、人によって様々な課題を抱えていると思います。また自分から発信しないと周りの大人が気づくことができず、なかなかその子が抱える問題を解決することにまで至らないっていう課題もあると思います。私も中学生の頃まではなかなか周りの人に話すことができず、孤独な思いとかつらい思いをしてきました。問題解決とまではいかなくても周りの大人が気づき、話を聞いてくれる大人が増えたらいいなと感じています。以上です。

進行 町様
ありがとうございます。鈴木さんもうひとつだけ、話しやすくなるためには環境がとても大事だと思いますけど、どうだったら話しやすくなるかしら?

鈴木様(仮名)
そうですね、やはり私はうつ病の母を持っていたので、精神疾患っていう、やっぱりなんだろう周りの目が気になるような批判的な目がやっぱ未だに絶えなくて、なかなか欠席したりするとズル休みって中学の頃は言われてみたりとか、そういう否定しない環境とかなんか事情があるんだろうなって、やっぱり皆さんが言ってるとおり些細なことに気づいてくれる大人が周りにいないとなかなか問題発見に至らないかなと思っています。

進行 町様
ありがとうございます。否定しないってね、これ大事なことだなっていうふうに思いました。
そして坂本さん、今まだ抱えてる課題そして今後への希望を教えてください。

坂本様
はい、ありがとうございます。渡邉さんや北川さんがおっしゃってたような、やっぱりこう問題を解決していくためには応援団を作っていく、そこには専門職の力っていうのは本当にそうだと思いますし、僕もその一ソーシャルワーカーとしてそこはやっぱり考えていかなきゃいけないなとは思っています。でもやっぱり鈴木さんがおっしゃってるような信頼できる大人との出会いっていうのは僕すごく大事だなと思っていて、そこに専門性や、なんか社会的な地位っていうのは本当に関係ないなと思っています。自分が困ったこととか嫌だった経験とかつらい思いをしているっていうことを、誰かに相談するっていう経験がすごく大事だなと思っていて、僕みたいにやっぱり孤立してきた経験をしていると、大人になってもやっぱり生きづらさに直結していて、なかなか自分をさらけ出すことができないとか助けを求められないとか、そういったことで生きにくさに繋がってくる、それが全部僕のお母さんのせいだとはもう1ミリも思っていないんですけど、ただやっぱりそういう閉ざしてしまった自分っていうところを信頼できる大人に話をする、で問題を解決してもらえなかったとしても、話を聞いてもらえた、わかってもらえた、共感してもらえた経験っていうのが、その後の人生を豊かにすることなんだなと思っています。
なので専門職とかやっぱり社会的な仕組みを作っていくことも大事ですけど、今一度ですね、昔ながらのお隣さんとか町内とかそういう地域の力みたいなのっていうのは、いろんな影響があって隣の家に誰住んでるかわかんないみたいな状況になってると思いますけど、今一度ね、調味料借りるような関係性だったりとか、子どもが歩いてたら挨拶するような関係だったりとか、なんかそういったところから始めて本当に子どもたちが何か話したいなって時にパッとその顔とか名前とかが思いつけるようなそういう関係性を築いてくれる大人っていうのがすごく大事だなと思ってます。で、僕もこういうこどもぴあの活動を始めて体験を語るようになりましたけど、僕に向けてすごく優しい言葉をかけてくれる人が多数いる中で、やっぱりその一方で母親に対してすごく鋭い言葉を使ってしまう方々もいらっしゃる。で、その方たちも優しさがある中で僕に関わってくださるんですけど、僕は母親を憎んでることもないですし、母親も僕に負担をかけないよう頑張って生活をしていたし障がいと付き合っていたと思うので、あくまで誰が悪者なのかなとか誰が原因なのかなっていうそういう加害者を探すような視点ではなくて、母親もサポートが必要だし、僕にもサポートが必要だったし、僕以外の家族にももしかしたらサポートが必要だった。だからやっぱり子どもだけに集中して何か良くしていこうっていうことではなくて、家族丸ごと支援っていうところで視野を広くですね、その専門職たちとか大人たちが柔軟に動いてくれたら嬉しいなと思いますし、僕も頑張りたいなと思ってます。

進行 町様
ありがとうございます。誰かを責めても解決しないというの、私も本当にそうだと思います。
それでは沖村さん、ヤングケアラー経験者沖村さんも課題そして希望を教えてください。

沖村様
はい、皆さんの声を聞いてもう本当にそうだなっていうことで、もうずっと頷いてたんですけれども、やっぱり鈴木さんがおっしゃるようにこの現役で子どもっていう立場だと、やはりその周りの大人が気づいてくれる必要性っていうのは本当に高いと思いますし、あと坂本さんとか町さんとか私がそういう状況に陥ったように、なんか親の機能不全みたいな状況になっていたり、あるいはそういうふうな見られ方を社会にされてしまった時に、家以外に居場所が必要な困っている子どもって、例えばヤングケアラーじゃなくても増えてるんじゃないかなっていうふうに思っていて、今回のテーマである困難に直面した子ども・若者っていうところに繋がるんじゃないかなと思うんですけれども、こういった子どもたちって増えていておそらくなんか減ることはないんじゃないかなっていうのは、やっぱりそこを子どもの時に解決できずにその子たちも若者になって大人、親になってっていうことが繰り返されているんじゃないかなっていうのがあって、その価値観だったりとか無意識を構築する時にやっぱり傷ついてしまった経験っていうのがその後の人生に与える影響が大きいからなのかなっていうふうに思っています。
一方で北川さんみたいに、お家以外の居場所を作ろうということで活動をなさってたり、坂本さんみたいに社会福祉士として一人一人の困り事と向き合ってる人たちもいますし、そういった第3の居場所っていうもの、子ども食堂も含めてですけれども、そういった場所っていうのはあるんだけれども、それを利用することができる社会であるんだけれども、じゃあそこに行ける子はいるのかっていうところが私はすごく気になっています。やっぱり、2年以上ケアラーの経験があると社会人になった時に環境的にも心境的にも組織に入ることが難しくなるっていうのが東大の調査で分かったりとかしたんです。一方で私自身が小学生の時からケアラーになって社会的擁護が必要だったりとか他人の助けが必要な状況だった時に、本当にたくさんの他人の人に支えられてきて今に至ってるっていうのがあって、で、それはそのお金のかかる支援とか、かからない支援とかいろいろありますけれども、そういった仕組みがもうすでに社会にあるっていうことを是非、一般の人であるとか企業であるとかそういった人たちに知ってもらって、鈴木さんが言ってた周りの大人が気づいてもらえる状況に近づけていくっていうことが、社会全体の取り組みとして必要なんじゃないかなというふうに思っています。
はい、県でもケアラー支援団体を創設することに補助事業とかもやってくださってたりしますし、やっぱり私自身本当に社会資源とか福祉資源とか第3の居場所がたくさんあるんだよっていうことを知ってほしいです。これなんかは社会福祉協議会が作ってるケアラーマップみたいなものなんですけど、こういうふうに自分の身近、家から学校までの間に利用できるサービスがあるんだよみたいなものが、可視化してわかるようになったりすると周りの大人も気づきやすかったり、子どもがいたときにマップを渡したりとかっていうことで協力できたりとか支援したいと思ってる人とされたいと思ってる人がなんかこう繋がれるようなですね、信頼の連絡網を作っていきたいと思ってますし、そういった取り組みに対してデジタル実装であるとかいろんなことを通じて、頑張っている人たちを県として助成してくださったり応援してくださったりするとありがたいなというふうに思っております。

進行 町様
はい、ありがとうございます。もうこれ一人一人2時間ぐらい話してもいいぐらいの内容をギュギュッと詰め込んでますので、黒岩知事、もう宿題というかですね、お一人お一人からもう今すぐできることも今提言もありましたので、知事お願います。皆さんの発言を踏まえて質問も是非お願いします。

知事
いや本当にね、なんか胸にビンビンくるような話でしたよね。やっぱりね僕は今日出てくださった皆さん本当に素晴らしいなと思うのはね、ご自分でそういうヤングケアラーの体験をして非常につらい思いをしたと、で、そういう人たちをなんとか自分でしようって言って、でそういうことを今具体的にやってらっしゃるというそれがやっぱりねすごいなと思いましたね。そういう輪が広がってくるということをやっぱりこの問題の解決のために非常に大きな力になるのかなってことを、すごく今感じましたよね。
そんな中で今最後に沖村さんがちょっとおっしゃった中でピンと、ちょっと響いたところがあったんですけども、デジタルというかSNSとかですね、これ我々若い時そうなかったですけども、今そういうものによってある種、誰でも発信ができるということにもなりますよね。そしてその困った人のとこに直接、色々な情報も入るというそういう仕掛けっていうのができてますけども、こういったものをうまく有効に使えないかなっていうことをちょっと感じましたけど、ちょっとまた改めてごめんなさい。鈴木さんにちょっとお話を聞きたいんだけど、鈴木さんそうやってなんかSNSとかそういうもので発信したり出会ったりとか繋がったりとか、そういうことってのはどうですか。ありますか?

鈴木様(仮名)
そうですね。私の場合は知ったきっかけがテレビだったりするんですけど、結構あんまりヤングケアラーの情報が硬いというか行政からしかなくて、割と会社とかと連携した例えば企業さんとか、若者向けの商品を作ってる企業さんからの発信とかあったら、もしかして横浜ってよりは全国とかにそのヤングケアラーの情報が広がるのかなってちょっと個人的には思ってます。

知事
それ非常に良いアイデアですね。なるほどなと思いましたね。確かに。

鈴木様(仮名)
ありがとうございます。

知事
素晴らしいと思いますよ。やっぱりそういう企業なんかもそういうね、色々なかたちで関わってて、やっぱり今企業もですね、例えばSDGsとか地球温暖化に対してとか色々なかたちで社会貢献をしたいという気持ちを持ってらっしゃる。今たくさんいるわけで何を具体的にどうするかっていうことを何が求められてるかっていうことを伝えたらば、すぐに始まるかもしれないなというふうに実は思いましたね。
坂本さんどうですか、そういうSNSとか新しい連携の仕方についていかがでしょうか。

坂本様
はい、ありがとうございます。実際にその電話相談とか電話の窓口っていうものの利用数っていうのは多分全国的にも少ないのかなと思っています。で、ヤングケアラーの窓口設置されましたけれども、やっぱりなんか僕の知っている団体さんがやっているのはLINEのアプリを使ってSNSのコミュニケーションを取れるような場を作ったりとか、なんかそういうオンライン会員みたいなかたちのほうが、逆に名前とか在住とかなんか個人情報をあんまり出さずに匿名でできるっていうところでは、ある意味そこは守られながら安心して利用できるっていうことで、利用者の数も多いっていうのは聞いたことがあります。

知事
渡邉さん、実際スクールソーシャルワーカーやってらして、そういう今のこの若い子たち独自のそのSNSっていうものを活用しながらそういう流れを作るってことはどうなんです? 現場ではいかがでしょうか。

渡邉様
あの、以前実際にあったことなんですけれども、SNSで相談をされていて、その相談した相手からスクールソーシャルワーカーっていう人がいるから相談してみたらっていうふうに紹介されて、実際に私のところに辿り着いた子がいらっしゃったんですね。そういった意味ではすごく有効な媒体だなって思います。

知事
うん、なるほどね。北川さんいかがでしょうか、こういった現場で。

北川様
そうですね。私が関わるお子さんたちも自分たちでインターネットは繋がっていてLINEやYouTubeは見ているので、そういう意味ではすぐに通ずるツールとしてはとても良いかと思います。

知事
ね、沖村さんこれうまく使えそうですね。もっともっと。

沖村様
そうですね。一方で実際の助けを求めてる立場としては、SNSで繋がってても、その肌から外の部分で助けてもらえない状況にいる人がいっぱいいるんだけど、でもSNSで繋がったことがきっかけで肌より外の部分で繋がれるきっかけになったら素敵ですよねと今思いました。

知事
ありがとうございます。神奈川県ですね、LINEを使って様々なサポートをしてるんですね。これコロナの時に「新型コロナ対策パーソナルサポート」っていうの始めたっていうのがきっかけでですね、今、「かながわ子育てパーソナルサポート」っていうのもやってるんですね。というのは子育てでいろんな悩みがあった時に直接的に「プッシュ型配信」って言うんだけども、行政のほうからこんなことがありますよって言って送ってくるというね、で、お困りの方はお困りの方でまた発信をして、やり取りをしてくるという流れの中で、「かながわ子育てパーソナルサポート」にですね、子ども食堂っていうね画面があるんですよ。で、そこピッと押すとどういうことになるかというとですね、その方のお住まいの近くにある子ども食堂のマップが出てくるんですよね。先ほど沖村さんおっしゃったですよね、どこにそういう支援があるかのねパって出てきたら可視化されればいいっていうね、それがネットであるとヤングケアラーは当然若い人たちでしょうから、どうしようかなって誰に相談すればいいのかなって時にそういうのでピッてやると、あ、ここに行けば相談できるんだとか、ここにこんな人がいるんだとかっていうこと、それによって繋がってくるということなんかできるのかなんてことをですね、実際具体的に感じましたね。
それとともにね、やっぱり一番根本の問題は、現在の社会を象徴してるかなっていうところですよね。これさっきまさに坂本さんおっしゃったのかな、やっぱり地域の力ですよね。コミュニティが劣化してるということ。だから昔だったらですね、要するにおせっかいな人が近所にいてですね、おせっかいなおばさんとかいて、どうしてのこうしてのってごちゃごちゃごちゃごちゃプライバシーに関わってきてですね、鬱陶しいという状況だったんだけど、実はそれが地域のなんていうかネットワークになってたっていうかね、セーフティ保証になってた。ところが、みんな今バラバラに切れてるからコミュニティの力が落ちてるっていう中で、子どもの居場所もなくなり子どもたちがいろんな問題抱えてても誰も発見されない、気づかない、こういう流れになってるなっていう中で、やっぱりコミュニティを再生させるっていうことが大きな目標だと思うし、県としてもそういうことをしっかり支えていこうと思うし、SNSといったものをしっかり使いながらですね、新しいモデルを作っていきたいなと思いました。
町さん、今日いい会だったですね。ありがとうございました。

進行 町様
いやいや黒岩さんありがとうございます。今ね地域力ってありましたけれども、実は我が家も助けてくれたのは専門職ではなくて、山田のおばちゃんていう母が車いすになっても最後まで友だちでいてくれたおばちゃんだったんですね。山盛りの唐揚げ持ってきてくれたりとかきんぴら作ってきてくれたりみたいな、なんかそういうことができる大人が増えてくれるといいなというふうに思いますし、あの知事ひと言総括を、「やります」って言ってくれる総括でもいいですし、はい。

知事
やっぱりヤングケアラーっていうことでね、みんなその問題に言葉がもっともっとヒットしてきてパッと広がってくるというね、そういう流れをしっかり作っていきたいと思いますね。今日受けた言葉をしっかり受け止めてですね、ヤングケアラーに一番優しい県はどこだって言ったら「神奈川だ!」という流れを皆さんにお約束、作ることお約束したいと思います。今日は本当にありがとうございました。

進行 町様
はい、知事ありがとうございました。もう本当に今日は盛りだくさんだったんですけれども、大変勉強になる、ヒントになる言葉を皆さんからいただけました。でも子どもの過ごしてる時間ってあっという間に過ぎますので、必要なタイミングに必要な支援が届くように是非本当に子どもだけじゃなくて親への支援、丸ごと支援を是非、神奈川、本当トップランナーとしてやってっていただければと思います。
はい、それではここで進行を県にお戻ししたいと思います。よろしくお願いします。

神奈川県 情報公開広聴課長
ありがとうございました。町さん、進行役を務めていただきましてありがとうございました。本日ご参加の皆様、貴重な意見をいただきましてありがとうございました。またYouTubeでご視聴いただいた皆様もありがとうございました。本日の様子は神奈川県のホームページに掲載しYouTube動画も配信いたします。また、ご意見も受け付けておりますので県のホームページからご意見をお寄せください。それではこれを持ちまして、令和6年度第3回『黒岩知事と当事者とのオンライン対話』を終了いたします。皆様ご参加ありがとうございました。

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