農業水利施設を活用した小水力等発電の導入可能性調査(マスタープラン)
神奈川県における小水力発電及び太陽光発電について、土地改良施設を活用した小水力等発電施設の計画的な整備を促進するためのマスタープランを作成しましたので、概要を紹介します。
農業水利施設を活用した小水力等発電の導入可能性調査(マスタープラン)の概要
第1章 事業の地域
農業用水路の流水エネルギーをはじめとする未利用資源に着目し、大規模な設置工事を必要としない小水力発電及び太陽光発電について、導入の可能性を調査し、本県における農業用水及び土地改良施設を活用した小水力等発電施設の計画的な整備を促進するためのマスタープランを作成した。
1―1.対象地域
本事業は、神奈川県全域を対象とする。
マスタープランにおいて対象とする再生可能エネルギーは、小水力と太陽光とする。
なお、小水力の場合「水量を確保し落差を活用する」という特性から、図1-1小水力エネルギーの活用が見込まれる候補地に示すように山間部を有する県西部に候補地が多く分布することになると考えられる。
図1-1 小水力エネルギーの活用が見込まれる候補地
1―2.対象地域の概要
(1)対象地域の農業概況
本県の農業は、農家1戸当たりの経営規模は0.73haと小さいが、温暖な気候と大消費地に近いという利点を生かし、高い技術力により土地生産性の高い経営が行われている。水田営農は、相模川流域及び酒匂川流域の平野部で中心的に行われており、幹線用水路が整備されている。
(主な幹線用水路を以下に示す)
表1-1 県有土地改良財産(幹線農業用水)
|
施設名称 |
施設延長(m) |
管理委託先 |
水利権者 |
1 |
相模川左岸用水路 |
25,505 |
相模川左岸土地改良区 |
同左 |
2 |
相模川右岸用水路 |
20,410 |
相模川西部土地改良区 |
同左 |
3 |
昭和用水路 |
6,214 |
相模川西部土地改良区 |
同左 |
4 |
文命用水路 |
2,470 |
酒匂川右岸土地改良区 |
同左 |
5 |
酒匂堰 |
11,480 |
酒匂川左岸土地改良区 |
同左 |
6 |
鬼柳堰(幹線) |
6,623 |
酒匂川左岸土地改良区 |
同左 |
7 |
鬼柳堰(鴨宮支線) |
843 |
酒匂川左岸土地改良区 |
同左 |
8 |
鬼柳堰(豊川支線) |
1,837 |
酒匂川左岸土地改良区 |
同左 |
9 |
栢山頭首工用水路 |
1,824 |
小田原市 |
神奈川県 |
計 |
|
77,206 |
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※参考文献:農山漁村再生可能エネルギー導入可能性等調査報告書/平成25年3月
(2)本県の小水力等発電への取組状況
1)小水力発電の導入
ア)小水力発電の歴史と現状
[水力発電のはじまり(歴史)]
世界では、19世紀後半、水力発電は発電の主力となった。最初の水力発電所は1879年にナイアガラの滝に建設され、1881年には水力発電によって作られた電気がナイアガラ・フォールズ市の街灯用に供給された。翌年には、世界初の本格的水力発電所がアメリカウィスコンシン州のアップルトンで稼働した。
日本国内では明治20年代から導入が進み、銅山、紡績工場で水力発電が導入され、明治24年に琵琶湖疎水で日本初の事業用水力発電所(蹴上発電所)が設置された。
本県では、二級河川狩川水系では明治24年に、二級河川酒匂川水系では明治29年に最初の水力発電所が建設されている。
※参考文献:「農業用水を活用した小水力発電普及モデルの検討」/平成24年10月30日/かながわ農業用水小水力発電技術研究会(第2回)資料1NationalGeographicwebサイト
[水力発電の現状]
県企業庁が水力発電所を整備してきたが、県内では大規模な水力発電施設の新たな立地は困難である。一方、「発電水力調査」(平成21年資源エネルギー庁)によると、小規模発電の開発に適した地点はまだ多く残されており、今後は、団体や市町村など多様な主体による小規模な水力発電所の建設が中心となると考えられる。
イ)神奈川県内の小水力発電の導入状況
最大出力100kW以下の小水力発電設備は、次のとおり10箇所で設置されている。
表1-2 県内の小水力発電所(最大出力 100kW以下)
発電所 |
運転開始 |
事業主体 |
最大出力 |
有効落差 |
利用する水 |
道志ダム発電所 |
H18.12 |
県企業庁 |
50kW |
18.5m |
河川維持放流水 |
道志第4発電所 |
H22.2 |
県企業庁 |
59kW |
4.15m |
水力発電所の放流水 |
稲荷配水池小水力発電設備 |
H20.3 |
県企業庁 |
90kW |
10m |
上水道 |
芹沢配水池小水力発電設備 |
H22.3 |
県企業庁 |
55kW |
21m |
上水道 |
葛原配水池小水力発電設備 |
H23.2 |
県企業庁 |
24kW |
14m |
上水道 |
中津配水池小水力発電設備 |
H23.2 |
県企業庁 |
100kW |
29m |
上水道 |
青山沈殿池発電所 |
(試運転中) |
横浜市水道局 |
49kW |
3m |
上水道(浄水前) |
鷺沼配水池小水力発電設備 |
H18.9 |
川崎市上下水道局 |
90kW |
13.1m |
上水道 |
入江崎水処理センター |
H23.6 |
川崎市上下水道局 |
13.2kW |
1.4m |
下水処理水 |
矢倉沢浄水場小水力発電設備 |
H20.5 |
南足柄市 |
18.5kW |
11m |
上水道(浄水前) |
※参考文献:「農業用水を活用した小水力発電普及モデルの検討」資料/
かながわ農業用水小水力発電技術研究会(第2回)資料1
ウ)文命用水小水力発電の実証試験
[実証試験に至る経緯]
県では、「かながわスマートエネルギー構想」のもと、「創エネ」の取組みの一つとして、学識経験者及び関係団体で構成する「かながわ農業用水小水力発電技術研究会」を発足し、この研究会の意見を踏まえて検討を進め、足柄地域にある「文命用水」に、低落差でも発電可能な小水力発電設備を設置し、発電性能等を確認する実証試験を行うこととなった。
[実証試験の目的]
この実証試験は、平成26年3月まで行い、得られた知見を広く公表することで導入機運を高め、農業用水を活用した小水力発電の普及を促進することを目的としている。この設備は、再生可能エネルギー固定価格買取制度に基づく国の認定を、県内で初めて受けた小水力発電設備である。
発電した電気は、再生可能エネルギーの固定価格買取制度により全量売電し、実証試験の後も引き続き発電を継続する。
図1-2 文命用水小水力発電の実証試験 位置図
1954年に初めて太陽電池が発明されたものの、当時の太陽電池は大変高価なものであった。そのため現在のように一般家庭で利用できるようなものではなく、特殊な用途に限定して利用されていた。その“特殊な用途”として代表的なもの、世界で初めて太陽電池が実用化されたのは、人工衛星であった。
日本では、1973年の第一次石油危機が太陽光エネルギーを石油の代替エネルギーとして、国家レベルで意識する契機になった。翌年に当時の通産省が策定した、サンシャイン計画という長期的なエネルギー戦略には太陽光発電が盛り込まれた。
※参考文献:太陽光発電の教科書歴史編webサイト
イ)太陽光発電の導入状況
かながわスマートエネルギー構想では、太陽光発電を平成26(2014)年度までに195万kW(累計)導入することを目指して、住宅用太陽光発電の導入補助、かながわソーラーバンクシステムの運用、「屋根貸し」ビジネスモデルの普及等に取り組んできました。
平成24(2012)年7月から再生可能エネルギーの固定価格買取制度が施行されたこともあり、平成24(2012)年度の太陽光発電の導入量は、平成22(2010)年度の2.7倍となる35.63万kWまで伸びましたが、工場や倉庫等への発電出力10kW以上の設備の導入が遅れている状況にあります。
※参考文献:「かながわスマートエネルギー計画」/平成26年4月/神奈川県産業労働局
1-3.農業水利施設を活用した小水力等発電の背景、必要性
(1)維持管理負担軽減の視点
本県の農業用水は、相模川及び酒匂川流域に大きく広がる水田地帯をはじめとした農地へ作物生産に必要な水を安定的に供給するとともに、水資源のかん養や気候の緩和などの多面的機能の発揮や都市農業の持続的発展に貢献している。
しかし、水路を管理する土地改良区や水利組合等においては、高齢化に伴う維持管理作業の困難さ、農地の減少に伴う賦課金収入の低下に加え、電力単価の高騰などにより、維持管理に要する経費が増加しており、将来においても継続的に農業水利施設の維持管理していくためには、このような負担を軽減するための対策が必要な状況となっている。
(2)地域活性化の視点
小水力や太陽光等の再生可能エネルギーは、自然環境への影響が少なく、持続的に利用できるメリットがあることから、農業用水及び土地改良施設を活用して小水力等の発電事業を導入することで、そこで生じた売電収入等を施設の維持管理に充当し、その利益が地域で循環するような仕組みを作ることにより、地域の活性化につなげることが可能になる。
(3)必要性
平成24年3月30日に閣議決定された「土地改良長期計画」によれば、自立・分散型エネルギーシステムへの移行に向け、農山漁村が有する食糧供給や国土保全の機能を損なわないような適切な土地・資源利用等を確保し、農家、地方自治体や関係団体等との連携により、農業用水を活用した再生可能エネルギーの生産及び利用を促進することが必要とされている。
※参考文献:「かながわ農業用水小水力等再生可能エネルギーマスタープランの作成について」/平成25年8月
/神奈川県環境農政局農政部農地保全課/かながわ農業用水小水力発電技術研究会(第6回)資料2
(4)地域の再生可能エネルギー利用において目指す姿
かながわスマートエネルギー構想では再生可能エネルギーの導入により、電力供給量の拡大を図る「創エネ」、電力のピークカットを図る「省エネ」、電力のピークシフトを図る「畜エネ」の取り組みを進め、効率的なエネルギー需給の実現を目指している。
マスタープランでは上記の「創エネ」における再生可能エネルギーの導入を目的として、土地改良施設の維持管理費の低減を図り、農業農村の活性化に貢献することを目的とする。
併せて、農業水利施設を活用した発電により地域のエネルギーを地域資源で賄うことで、自立・分散型エネルギーシステムへの移行と持続可能な循環型社会の構築に寄与していくものとする。
※参考文献:「かながわ農業用水小水力等再生可能エネルギーマスタープランの作成について」/平成25年8月
/神奈川県環境農政局農政部農地保全課/かながわ農業用水小水力発電技術研究会(第6回)資料2
第2章マスタープランの対象とする期間
本事業の成果として取りまとめる「マスタープラン」は、神奈川県内における農業水利施設等への再生可能エネルギー導入の全体的な計画として、平成26年度から35年度を対象期間とし、導入に向けて活用していく。
第3章農業水利施設を活用した小水力等発電導入の検討
「かながわ農業用水小水力等再生可能エネルギー導入可能性調査業務」で実施した導入可能地区の選定の考え方とその結果を以下に示す。
(1)導入可能地区の選定方法
導入可能地区の選定方法は、これまでの賦存量と導入ポテンシャルの整理を踏まえ抽出された候補地において、以下に示す3つのステップで行った。
図3-1 導入可能性地区の選定フロー
(2)導入可能地区の選定結果
導入可能地区として、小水力は「酒匂川左岸1」と「酒匂川左岸9」の2地区、太陽光は「相模川右岸2」の1地区を選定した。
第4章小水力等発電導入について
4―1.県全体の発電導入の取組の考え方
(1)調査結果
整理条件は以下のとおりである。
<小水力発電>
・対象とする候補地
-県内全体への普及啓発を図るために、発電事業の実施を前提として最低発電出力が確保(一般家庭の発電出力に相当するであろう3kW以上)されている条件下において一次選定で抽出した「導入可能性のある地区」を候補地の対象とした。これは本業務で検討した概略検討結果を「導入可能性のある地区」へフィードバックさせる位置づけで選定した。
・整理項目と使用数値の根拠
-有効落差:既存の候補地調査票の有効落差の数値を使用
-最大使用水量:既存の候補地調査票の想定流量(夏期)の数値を使用
-最大出力:9.8×有効落差×最大使用水量×0.35(合成効率(=水車効率×発電機効率))
※合成効率(=水車効率×発電機効率)は文命用水の実証試験結果を踏まえ「0.35」で設定
-設備利用率:50%で設定
-年間可能発電電力量:最大出力×24時間×365日×設備利用率
-概算費用:文命用水の実証試験の費用を参考に124万円/kWとして算出
<太陽光発電>
・対象とする候補地
-県内全体への普及啓発を図るために、発電事業の実施を前提として最低発電出力の確保(全量買取制度の対象となる10kW以上)や南向きへの設置可能性などの条件下において一次選定で抽出した「導入可能性のある地区」を候補地の対象とした。
・整理項目と使用数値の根拠
-最大出力:設置可能な敷地面積を踏まえて算出
-年間可能発電電力量:最大出力×1000kWh/kW
※1000kWh/kWはNEDOの日射量データベースの海老名市のデータを参考として設定
-概算費用:概算事業費は規模や設置場所によって大きく異なり算出には詳細な検討が必要
本調査結果として対象とした候補地は県西部に多く分布しているが、取り組みの対象はこれらに限定されるものではなく、今後課題や可能性の精査をしていく過程で、また、市町村や土地改良区などへの情報提供や普及啓発を通じて、新規の情報が得られれば適宜追加して検討していくこととする。
(2)導入の取り組みの考え方
本調査は、農山漁村における地域活性化や地域振興のため、また、農業水利施設等の維持管理費の軽減を目的として行う小水力等発電事業について、そのポテンシャル量や導入の可能性を把握するために実施したものである。
小水力発電は、流水利用型の水車形式として導入可能性の高い酒匂川左岸1と酒匂川左岸9の2地区の概略検討を行い、経済性の検討においては補助事業を活用するなどの条件下であれば採算性が確保できることが確認された。そのため、課題への対処方法や水車形式の決定など導入可能性の精度を高めて採算性を見極め、固定価格買取制度と国の補助事業等を活用した発電事業を導入できるよう取り組んでいく。
また、その他の導入可能性のある候補地についても、導入可能性の高い2地区の概略検討結果で示した条件において採算性が確保されるなどの結果が導かれる場合は導入の見込みがあると想定されるため、今後も導入に向けた検討を進めていく必要がある。
太陽光発電は、水路用地上部を利用した発電として、導入可能性の高い相模川右岸2の1地区の概略検討を行い、経済性の検討においては補助事業を活用するなどの条件下であれば採算性が確保できることが確認された。しかし、今後においても固定価格買取制度の買取単価の引き下げが見込まれており、採算性に影響を与える可能性がある一方、施工事例も増えており設置費が低減する傾向のため、施工業者からの見積徴収と採算性の収支試算表により検討を行い、採算性を見極め、固定価格買取制度と国の補助事業等を活用した発電事業を導入できるよう取り組んでいく。
その他の導入可能性のある候補地についても、導入可能性の高い1地区の概略検討結果で示した条件において採算性が確保されるなどの結果が導かれる場合は導入の見込みがあると想定されるため、今後も導入に向けた検討を進めていく必要がある。