社会福祉法人かながわ共同会愛名やまゆり園虐待事案に関する 第三者委員会 中間報告書 2024年9月 ・・・・・・目次・・・・・ 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 中間報告の要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第1 社会福祉法人かながわ共同会及び愛名やまゆり園の体制等 1 社会福祉法人かながわ共同会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 (1)社会福祉法人かながわ共同会の沿革 (2)共同会の運営施設をめぐる過去の不祥事 (3)共同会の体制 2 愛名やまゆり園・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 (1)愛名やまゆり園の変遷と概況 (2)愛名やまゆり園の組織構造 (3)職員の配置状況 (4)愛名やまゆり園の支援員のシフトについて (5)愛名やまゆり園をめぐる不祥事 第2 愛名やまゆり園における虐待事案の発生とその原因等について 1 本件事案の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 2 本件事案発生時の職員配置状況等・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 3 本件行為に対する元職員Xの弁明等について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 4 元職員Xによる他の虐待行為の発覚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 5 元職員Xに対する法人の処分及び刑事事件の経過・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 6 元職員Xに対する法人内職員の評価と情報共有について・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 7 せせらぎ寮自体の問題性の指摘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 8 強度行動障害の状態にある入所者への支援を支える研修制度等の存否・・・・・・15 9 せせらぎ寮内の環境要因と本件行為との関係について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 第3 第三者委員会による職員ヒアリングの状況について 1 元職員Xの虐待事件の背景要因・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 (1)せせらぎ寮の位置づけ (2)せせらぎ寮が抱えていた問題 2 せせらぎ寮における虐待行為ないし「不適切な支援」の存在について・・・・・・19 (1)元職員Xの証言について (2)「盃チャレンジ」について (3)ヒアリングで把握されたその他の虐待行為ないし「不適切な支援」 (4)具体的な虐待行為ないし「不適切な支援」の例示 3 虐待行為等が放置されていた原因状況について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 (1)閉鎖的な寮運営 (2)業務の「早回し」 (3)寮を管理監督する立場の職員の認識 (4)小括 4 愛名やまゆり園幹部の対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 (1)虐待の疑いをうやむやにする体質 (2)現場に指示するだけの対応とコミュニケーションの無さ (3)現場に責任を押しつける姿勢 (4)小括 5 令和3年度、4年度に行われた人事異動と背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 (1)大幅な人事異動 (2)人事異動の背景 (3)不明確な人事異動の理由 6 元職員Xが虐待に及んだ背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 (1)元職員Xの印象 (2)生活1課における様子 (3)せせらぎ寮異動後の様子 (4)せせらぎ寮への人事異動の評価 (5)小括 7 愛名やまゆり園に対する職員の認識と問題性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 (1)職員の士気の低下 (2)欠員補充がないまま、改善だけを求められる苦悩感 (3)看護課と寮の関係 (4)寮や園を管理監督する立場の職員と現場職員との意識のギャップ (5)虐待行為や「不適切な支援」、不都合な事実を隠そうとする意識 8 共同会の問題性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 (1)指定管理を取ることを優先する運営姿勢 (2)愛名やまゆり園の課題に対する取り組み状況 (3)虐待が報告されない、原因の改善がない (4)職員のメンタルサポートがない (5)法人の無責任な体質への批判 (6)小括 9 神奈川県の問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 (1)かながわ福祉プラン基本計画の未達成 (2)県直営施設で行われていた支援内容と影響の検証 (3)神奈川県強度行動障害対策事業の総括 (4)小括 第4 愛名やまゆり園に関する職員アンケート調査の結果と職員の訴えの状況 1 アンケート調査の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 2 アンケート調査の結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 3 自由記載欄から浮かび上がる現場職員の苦悩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 4 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 第5 支援現場における虐待の原因と再発防止策 1 原因部分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 (1)身体拘束を含む虐待に対する認識の曖昧さ (2)研修の不足と未受講・内容の偏り (3)アセスメントの課題 (4)記録の不備 (5)支援手順書等 (6)実際の支援について (7)コミュニケーション不足 (8)バックアップ体制とコーディネートの課題 (9)他の寮、他セクション(看護課)、寮全体での連携 (10)本件事件後の法人の改善施策について 2 再発防止に向けて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 第6 共同会の問題点 1 職員の欠員補充に対して解決策を見いだせないままの運営・・・・・・・・・・・・・・・・・50 2 役割が不明瞭で責任があいまいな組織・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 3 専門性にかける運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51 4 法人における課題対応の実例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52 第7 結語 1 調査の中間的まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 2 改善提案・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 (1)現状の職員数に見合った利用者数にしていく (2)大規模施設支援の限界を乗り越え、職員のやる気を喚起するため、利用者の地域移行を推進する (3)法人の規模の縮小と法人運営の抜本的改革 (4)相部屋の解消 (5)看護課との連携の改善 (6)利用者も支援者も生きがいをもてる良い支援の工夫を (7)研修の改革と法人全体の情報開示の必要性 3 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 序論 当第三者委員会は、社会福祉法人かながわ共同会(以下「共同会」という)運営にかかる愛名やまゆり園における利用者への虐待行為を契機として、その背景と原因を解明し、愛名やまゆり園の問題点を調査分析することにより、同園並びに共同会の課題追求を行うことを目的として構成された。今般、中間報告をとりまとめたので、以下のとおり報告する。 中間報告の要旨 1 令和5年に発生した元職員による虐待行為の原因 本件は、愛名やまゆり園生活2課せせらぎ寮に在職していた元職員(以下、「元職員X」という)による複数の身体的虐待行為(以下、「本件行為」という)に端を発する。 本件行為の原因について、第三者委員会としては、本人の専門的支援力の無さに加え、怒りの感情をコントロールできない気質などに起因して発生したものと考える。 さらに、その背景としては、元職員Xが在職していた当時のせせらぎ寮内において、一部の先輩職員ら(但し既に全員が異動済みである)による虐待行為が横行し、本人がその影響から逃れることができず、自らも虐待行為に及ぶようになったことが指摘される。せせらぎ寮においては、強度行動障害の状態にある利用者への支援について専門的な研修などの機会が無く、少なくとも平成26,7年前後頃からは寮内で虐待行為が常態化し、暴力や暴言あるいは無言の圧力などで利用者を支配する支援が行われていた。さらに、そのような先輩職員らの手法を、後に配属された元職員Xを含む一部の職員がいわば模倣させられる形で虐待行為に加担するに至ったことが認められる。 そして、愛名やまゆり園を管理監督する立場の職員らは、せせらぎ寮内で虐待行為が横行していた事実や元職員Xの適性の有無、あるいは元職員Xがせせらぎ寮に配置された後の支援の実態等について何ら把握せず漫然と問題を放置し、結果として防ぎえた本件行為を防ぐことができなかったといわざるを得ない。 2 愛名やまゆり園における他の虐待行為の存在 第三者委員会の調査によれば、前述の通り、愛名やまゆり園生活2課せせらぎ寮において、少なくとも平成26,7年頃から令和4年度までの間に、当時在籍していた一部職員らによる利用者に対する身体的、心理的並びに性的虐待を含む虐待行為が常態化していた。その後、令和5年度に本件行為が発生し、「みまもりカメラ」により発覚した。 調査の結果、過去の虐待行為の一部は、寮を管理監督する職員に対して報告されていた事実が認められる。しかし、園を管理監督する職員らは、障害者虐待防止法に基づく通報義務を果たさず、それらの虐待行為を具体的に認識していたかどうかも明らかにせず、園として虐待行為に対する適切な対応はされていない。 また、法人を運営する法人幹部はそれらの事実について全く了知していなかった。 3 愛名やまゆり園及び共同会の支援上並びに組織運営上の問題性 愛名やまゆり園では、利用者支援の現場において、専門性を伴った支援の方針が立てられているとはいえず、利用者への支援方法は、勤務歴の長い先輩職員がダブル勤務と称したOJTにより口頭伝達していた。あるべき支援方針よりも個別の職員の手法や方針が優先されがちで、専門知識に基づく支援を実施したいと考える職員がいても先輩職員から否定されるなどの実態があった。また個別支援のための専門的な支援力を構築し積み重ねていく仕組みも確認できない。 共同会全体としては、法人として現場の支援をサポートする仕組みはなく、支援の方針決定や改善施策は各園任せであり、現場では職員の欠員が恒常化している。これらの事情が相まって、現場の支援者は日々の業務を回すことが精一杯であり、個別支援はおろか、日常の支援において全く余裕がない状態であり、職員の言葉を借りれば、「綱渡りの支援」の状況が続いている。 園を管理監督する立場の管理職についても、立場毎に必要な職責の理解やスキル等の要件設定がされておらず、問題が発生しても明確な責任を取るべき者が存在しない。部門 間のコミュニケーション不全は甚だしく、職員には「上に言っても無駄」という認識が蔓 延している。愛名やまゆり園せせらぎ寮内で常態化していた虐待行為についても放置さ れており、行うべき必要な対応が全く取られていない。 共同会を運営する法人幹部の専門性は乏しく、現場の実態や問題点を把握する仕組みはなく職員が訴える現場の問題は放置されたままとなる。結果として、職場に不満を持つ退職者が発生して経験を有する職員は減り、さらなる欠員が増えるという悪循環が発生している。また経営方針や財務方針に関しても専門的な知見を持つ意思決定者の存在が確認できない。人員不足に対する対策も実質的には取られていないに等しく、支援現場は責任感と良識を有する職員の献身と必死の努力によって支えられていると言わざるをえない。 共同会には、組織全体の部門間コミュニケーション不全と利用者支援の専門性を担保する機能の不備、経営上の専門性の欠如など、根本的な組織の機能不全が認められると言わざるを得ず、抜本的なガバナンスの改善・再構築が不可欠であると指摘する。 4 愛名やまゆり園の設置主体たる神奈川県の責任 神奈川県は、愛名やまゆり園を設置する主体として責任は免れないと考える。 神奈川県はみずから策定した「かながわ福祉プラン・改定実施計画」(1991(平成3年) を依然として未達成とし、県立施設である愛名やまゆり園の個室化を達成せず放置している。また、過去、県直営施設内で行われていた利用者への虐待、居室施錠、身体拘束等の事実に対して、その原因究明と抜本的な改善を自ら行ったとは言いがたく、県直営から指定管理に移行した際に引き継がれた現場での「不適切な支援」を放置した。現在に至るまで、県は、県立施設の現場に蔓延していた「不適切な支援」の実態と指定管理施設への影響の検証と改善に責任をもって取り組もうとしているとは認めがたい。 このような県の無反省と責任回避の姿勢が現在の指定管理施設に悪影響を与えていないのかどうか、更なる検証が必要であると思料する。 第1 社会福祉法人かながわ共同会及び愛名やまゆり園の体制等 1 社会福祉法人かながわ共同会 (1)社会福祉法人かながわ共同会の沿革 社会福祉法人かながわ共同会(以下「共同会」という。)は、平成元年12月、県立秦野精華園の再整備に伴い、昭和57年に設立した「慧法会」を改組する形で設立された。 共同会は、平成2年4月、秦野精華園の受託運営を開始し(平成29年には法人立施設に移行)、その後も神奈川県内の複数の障害者支援施設について受託管理をしている。現在、共同会は、秦野精華園及び希望の丘はだのを法人立施設として運営し、県立障害者支援施設である厚木精華園、愛名やまゆり園及び津久井やまゆり園について指定管理者として運営している。このほか、指定管理事業を受託している上記県立障害者支援施設の3施設において、共同会は共同生活援助や計画相談支援などの法人直営事業も行っている。 (2)共同会の運営施設をめぐる過去の不祥事 平成28年7月26日、共同会が指定管理者として運営する津久井やまゆり園において、利用者19名が亡くなり、27名が負傷する事件が発生した。上記事件の実行行為を行った加害者に対して横浜地方裁判所は死刑判決をなし、同判決は確定した。 上記事件をめぐっては、津久井やまゆり園事件検証委員会によって報告書が取りまとめられ、「危機対応に当たっての考え方」、「関係機関の情報共有のあり方」、「社会福祉施設における安全管理体制のあり方」などの課題が指摘された。 令和元年11月の愛名やまゆり園の元園長が逮捕される事件(後述)が発生したことを契機に、神奈川県には津久井やまゆり園の利用者支援に関し、不適切な支援が行われている旨の情報が寄せられたところ、津久井やまゆり園利用者支援検証委員会が組織され、令和2年5月、同委員会による中間報告書が発表された。 後述する愛名やまゆり園における不祥事以外にも、令和5年4月、厚木精華園の男性職員が利用者の右肩等に触れるなどして同人を転倒させたなどの行為が虐待と認定されている。 (3)共同会の体制 共同会の役員は、理事長、常務理事のほか、5名の理事及び2名の監事で構成されている(令和5年7月時点)。現在、常務理事は統括管理室長を兼務しており、障害者支援施設の中期計画の策定を担当している。 共同会の体制は、理事長及び理事長を補佐する常務理事を頂点として、その下部に法人事務局と秦野精華園、希望の丘はだの、厚木精華園、愛名やまゆり園及び津久井やまゆり園の各園が組織されている。 法人事務局には総務課、芹が谷業務担当、人事課、企画研修課などの職務を扱っており、法人事務局長を責任者として、その下位には総務部長及び人事企画部長が配置されている。 2 愛名やまゆり園 (1)愛名やまゆり園の変遷と概況 神奈川県厚木市愛名1000番地に所在する愛名やまゆり園は、昭和41年に設立された精神薄弱児施設「神奈川県愛名学園」の再整備に伴い、昭和61年に精神薄弱者施設「県立愛名やまゆり園」への改組を経て、平成12年4月、共同会が県より運営委託を開始し、平成18年には同法人が同園の指定管理者となり現在に至る。 障害者支援施設である愛名やまゆり園は、施設入所支援、生活介護及び短期入所の障害福祉サービスを提供しており、令和6年3月時点の各サービスに対する定員数と稼働率は表1のとおりである。 【表1】 施設入所支援 定員100 名 稼働率96.3% 障害支援区分区分5 7.9 名/日 区分6 88.4 名/日 生活介護 定員130 名(うち通所30 名)稼働率91.8% 障害支援区分区分5 14.1 名/日 障害支援区分区分6 105.2 名/日 短期入所 定員20 名 稼働率41.0% 障害支援区分区分3 0.13 名/日  区分4 0.26 名/日 区分5 2.9 名/日 区分6 4.9 名/日 (2)愛名やまゆり園の組織構造 愛名やまゆり園は、園長を職制上最上位として、その下位には総務部長兼参事、地域支援部長、支援部長がいる。 総務部長兼参事は総務課の責任者であり、地域支援部長は地域生活支援課、就労継続支援B 型事業所等の責任者である。支援部長は日中支援課、生活課、看護課及び地域サービス課の責任者であるが、このうち生活課は1課(こまだ寮・あおば寮)、2課(せせらぎ寮・みずも寮)及び3課(ゆのはな寮、やよい寮)に分掌されている。各課内では課長(令和5年度当時1名)、寮長(主任、おおむね2名)という順で職制が構成されており、その下に支援員が配置されている。 令和6年3月時点の愛名やまゆり園の生活課の利用者について、その人数、性別、傾向については、表2のとおりにまとめられる。 【表2】 寮名こだま寮(1課) 利用者数/定員14 名/15 名 短期入所枠短期5名 利用者の性別男性 利用者の傾向療育手帳A1:13名、A2:1名、身障手帳:2名、介護度の高い利用者が多い 寮名あおば寮(1課) 利用者数/定員15 人/16 名 短期入所枠短期4名 利用者の性別男性 利用者の傾向療育手帳A1:14名、B2:1名、身障手帳:9名、介護度の高い利用者が多い 寮名せせらぎ寮(2課) 利用者数/定員18 名/18 名 短期入所枠短期2名 利用者の性別男性 利用者の傾向療育手帳A1:18名、身障手帳0名、自閉スペクトラム症傾向、行動障害の利用者が多い 寮名みずも寮(2課) 利用者数/定員18 名/18 名 短期入所枠短期2名 利用者の性別女性 利用者の傾向療育手帳A1:15名、A2:3名、身障手帳12名、介護度の高い利用者が多い 寮名ゆのはな寮(3課) 利用者数/定員14 名/15 名 短期入所枠短期5名 利用者の性別男性 利用者の傾向療育手帳A1:11名、A2:3名、身障手帳1名、自閉スペクトラム症傾向、行動障害の利用者が多い 寮名やよい寮(3課) 利用者数/定員18 名/18 名 短期入所枠短期2名利用者の性別女性 利用者の傾向療育手帳A1:16名、A2:1名、B2:1 名、身障手帳4名、介護度の高い利用者、行動障害の利用者の双方がいる (3)職員の配置状況 令和6年8月1日当時、愛名やまゆり園の職員数は表3のとおりである。 神奈川県が作成した「愛名やまゆり園の維持管理及び運営等に関する業務基準(平成27年1月)」では最低限の配置人数を定めているが、愛名やまゆり園の職員数はこれを満たしている。 【表3】 支援部長 定数1 実人数1 1課あおば(課長含む) 定数12 実人数10 備考欠員2 非常勤1 1課こだま 定数12 実人数10 備考欠員1 療養1 非常勤1 2課せせらぎ(課長含む) 定数13 実人数11 備考欠員1 育休1 2課みずも 定数12 実人数10 備考欠員1 育休1 非常勤4 3課ゆのはな(課長含む) 定数13 実人数12 備考欠員1 非常勤1 3課やよい 定数12 実人数10 備考欠員1 育休1 非常勤1 日中支援課 定数12 実人数12 非常勤2 地域サービス課 定数5 実人数6 小計 定数92 実人数82 備考11 非常勤10 看護課 定数3 実人数3 非常勤4 (4)愛名やまゆり園の支援員のシフトについて 愛名やまゆり園では、次のとおりのシフトで支援員が利用者の支援に当たっている(表4)。 【表4】 シフト 時刻 勤務体制 シフト早番 時刻6:45〜15:30 勤務体制3名 シフト日勤 時刻9:45〜18:30 勤務体制1名 シフト遅番@ 時刻11:30〜20:15 シフト遅番A 時刻11:45〜20:30 勤務体制2名 シフト夜勤 時刻18:45〜翌7:00 勤務体制1名 (5)愛名やまゆり園をめぐる不祥事 ア 令和元年7月、当時の園長の女子児童に対する性的暴行が発覚し、その後、同園長は逮捕、起訴された。共同会は、起訴の事実をもって同園長を懲戒解雇処分にした。 イ 令和元年8月、愛名やまゆり園は、同園の職員の行為が障害者虐待防止法の障害者福祉施設従事者等による障害者虐待であるとして、同法の規定に基づき施設所在地自治体に通報し、また利用者の援護実施者である自治体及び神奈川県(同園の管理運営の委任者)に報告した。 その後、関連自治体及び神奈川県が聴取り調査を行い、施設所在地自治体は令和2年1月、次の事実を虐待として認定した。 (a)お風呂で利用者に対して水をかける(心理的虐待) (b)食事制限がある利用者に対し、ご飯を大量に食べさせる。(身体的虐待) ・大盛りにして(過剰に)食べさせる。 ・茶碗3杯くらい食べさせる。 ・5〜6人分食べさせる。 ・おひつのまま食べさせる。 (c)ご飯をお盆にまき散らかし食べさせる。箸1本で食べさせる。(心理的虐待) (d)夜中に長時間(1〜3時間)に渡りトイレに座らせる。(身体的虐待) 愛名やまゆり園は、令和2年2月、上記の虐待認定を受けて虐待事案検証委員会を設置し、同年8月に同委員会が取りまとめた報告書を踏まえて虐待予防計画を策定した。 ウ 令和2年9月、神奈川県障害福祉サービス課による愛名やまゆり園へ抜き打ちの立入り調査が行われた。この立入り調査は、利用者がミトンをはめさせられ、ドアには開けられないように取っ手にガムテープが張られた状態で部屋に閉じ込められているという虐待通報を受けたものであった。 エ 愛名やまゆり園生活1課こだま寮において、令和5年12月16日の昼食時、男性職員が利用者の居室内において同人の食事介助を行っていたところ、食事摂取が進まないことに苛立ち威嚇のため同人の頭上付近にスプーンを振り上げて、それを降ろしたとき、同人の額に接触、出血した。 さらに、上記男性職員に対する援護の実施者等が行った調査のなかで、令和5年9月頃から11月頃までの間、同人がこだま寮の利用者が居室内のタンスから衣類を取り出して着用しようとしたところ、厳しい命令口調で静止したことが発覚した。 上記男性職員の行った上記2件について、援護の実施者より虐待認定(前者は心理的虐待・身体的虐待、後者は心理的虐待)がなされた。 オ 本件調査の端緒となった元職員Xの虐待行為については後記第2において詳述するが、令和5年5月から同年11月までの間、同人による虐待行為は合計4件が確認されている。 ? 第2 愛名やまゆり園における虐待事案の発生とその原因等について 1 本件事案の概要 (1)本件は、平成5年11月2日、愛名やまゆり園生活2課せせらぎ寮(男性寮)において発生した虐待(傷害)事案を発端とする。 (2)加害者とされた元職員Xは男性職員であり、平成28年4月1日に正規職員採用となり、愛名やまゆり園生活1課において5ヶ年(平成28年4月〜令和3年3月)、生活2課において2年8ヶ月(令和3年3月〜)の勤務歴があった。 (3)本件は、平成5年11月2日14時過ぎ頃、元職員Xが他の入所者を園内受診に引率しようとして出入口を出ようとした際に発生した。 状況としては、被害者Aが出入口付近に立っており、自分も寮の外に出られると思ったのか他の入所者と手をつなごうとして近づいたところ、元職員Xが被害者Aの腿辺りを蹴り付け、手拳で顎付近を叩く行為をし、さらにその場を離れようとした被害者Aの足に自身の足をかけて転倒させたという事案である。 (4)被害者Aは、倒れた場所から自身で立ち上がり、足を引きずりながらデイルームに移動し、横たわった状態となった。その後、他の職員が被害者Aに声を掛けたところ、痛みを訴えて泣いていたため、複数職員が相談した上で看護課に連絡し、看護課の指示により外部医療機関を受診した。 被害者Aは、レントゲン検査等を受けた結果、右大腿骨の亀裂骨折(約10p程度)の傷害を負っていることが判明した。 (5)法人の調査によると、被害者Aの受傷の原因がはっきりしないことから、園長、総務部長及び支援部長が「みまもりカメラ」(園内に設置されたカメラ)の映像を確認したところ、上記の行為が判明したとする。 なお、第三者委員会のヒアリングにおいては、せせらぎ寮の他の職員が園長に対して「みまもりカメラ」の確認をした方がよいと具申した、と述べた者がいる。 (6)上記加害行為の発覚後、園長が元職員Xに事実確認をしたところ、暴行の事実を認めたことから、園長は法人事務局、神奈川県、支給決定自治体への連絡を行い、所轄警察へ通報した。その後、元職員Xは臨場した警察官の聴取を受け、警察署へ連行された後、逮捕された。 2 本件事案発生時の職員配置状況等 (1)愛名やまゆり園生活寮における当時の職員の勤務時間帯は以下のとおりであった。 早番 A1 6:45〜15:30 A’ 6:45〜15:30 A3 7:15〜16:00 日勤 B  8:30〜17:15(土日の配置はほぼない) B5 9:30〜18:15(土日の配置はほぼない) 遅番 D  11:15〜20:00 D1 11:30〜20:15 夜勤 F  18:00〜翌7:00 (2)本件事件当時の配置状況 基本的な勤務体制としては、平日は早番3名、遅番2名、B5勤務1名、夜勤1名の体制が基本であった。 しかし、欠員や体調不良者の発生からB5勤務が組めない日があった。 土日祝日については、早番3名、遅番2名、夜勤1名の体制であった。 その結果、平日の職員の配置状況としては概ね以下のとおりだった。 6:45〜7:00 職員3名 7:00〜7:15 職員2名 7:15〜11:15 職員3名 11:15〜11:30 職員4名 11:30〜15:30 職員5名 但し12:30〜13:30 早番職員休憩 14:00〜、ないし14:30〜 遅番職員休憩 15:30〜16:00 職員3名 16:00〜18:00 職員2名 18:00〜20:15 職員3名 20:15〜翌6:45 職員1名 (3)当日の勤務態勢 当日の勤務状況については、遅番(D1)を予定していた職員の体調不良(法人の報告によればインフルエンザ罹患)のため、元職員XがA3(早番)からD1(遅番)に、寮長がB5(日勤)からA3(早番)に勤務調整された。 当日は階層別研修が開催されており、B勤務で3名の配置があったが、法人が全員出席を義務づける研修の最終回となっており研修を優先せざるをえなかったという事情があった。 (4)事件発生時(14:12)の元職員X(D勤務)以外の体制は以下のとおりであった。 @生活2課課長 B勤務 但し、みずも寮入所者の通院対応で不在 A寮長     A3勤務 但し、所内会議に出席しており不在 B早番職員   A1勤務 入浴の中介助(浴槽側の介助)を行っており、14:17に寮内へ戻る C早番職員   A勤務  入浴の外介助(脱衣所側の介助)を行っており、14:11頃に寮内に戻る D遅番職員   D1勤務 14:00から休憩に入っていた E〜G職員   B勤務だが、全員研修に参加していた 上記の体制の中、寮内には元職員Xの他には入浴の外介助を行っていた職員しかいなかった。しかし、当該職員は入浴後の洗濯対応を行っており、寮内見守りへの対処はしていなかった。 (5)事件当時は、寮内の入浴日である他、被害者とは別の入所者の皮膚科の受診対応 を行う必要があったところ、受診の順番になっても入浴対応作業が終了していなかった。その結果、看護課から受診を促す連絡がせせらぎ寮支援員室内線へ2回実施され、連絡を受けた職員が元職員Xへその旨を伝えていた。 元職員Xは受診に対応するため、該当の入所者とともに、寮の出入口を出ようとしたところ、被害者Aが出入口付近に立っており、自分も連れて行って貰えることを期待する様子で加害職員と他の入所者へ近づいたところ、元職員Xが前記の暴行行為に及んだものであった。 3 本件行為に対する元職員Xの弁明等について (1)令和5年11月22日、元職員Xは、事件後の法人に対する弁明の機会において、本件行為に至った原因について、以下のように述べた。 (2)「当時2時ちょっと過ぎに寮中には自分1人しかいなかった。風呂の支援をしている時間帯で、風呂支援には職員が2人いた。1人は会議に行っていた。 寮に残っていた自分は、風呂から出てきた利用者の髪を乾かしたり、トイレ誘導したりしていた。 14時過ぎぐらいに皮膚科受診の催促の連絡が来た。1人しかいなかったため、出ようにも出られず、焦りと忙しさが沸き上がってきた。 ・・・皮膚科受診対象の方の1人を準備して、寮をでようとしたとき、入口のところにAさんがいた。 Aさんは皮膚科対象ではなかったが、準備ができた利用者さんと寮をでようとしたときに、「皮膚科いく」と言って、Aさんが手をつないで出ようとしたため、 Aさんに対するわずらわしさ、仕事の忙しさ、焦りが苛立ちになり、増幅して爆発して、Aさんに暴力を振るってしまった。」 (3)さらに、自身の支援レベルに関して、「行動障害に対して、まだ知識や技術は周りの職員に比べて全然ない」「せせらぎはベテラン職員ばかりで、・・・その職員と比べると、自分はスキルや知識がない」などと述べていた。 (4)また、支援中にどういう場面で強くストレスを感じていたかについては「寮の中に職員が少ないにも関わらず、やることが多い時。トイレ誘導、髪乾かし、突発的に利用者さん同士のいざこざが発生したり、受診連絡がきたり等、職員が少ない時に立て続けに物事が入ってくると、自分にとってはストレスで焦りや苛立ちを感じる」と述べた。 また、職場内相談や意見を言うことはできていたかとの質問に対しては「自分の性格から自分の思いをいうことはあまりない」「自分はいろいろ物事を抱え込むタイプですねと言われたことがあった」「まさにそのとおりで、日々感じていることや考えることは言い出しづらいところがある。それは寮長に対してもそうであった」と述べた。 4 元職員Xによる他の虐待行為の発覚 (1)元職員Xに関する他の虐待行為の存否について、法人内での調査を行った結果、みまもりカメラの映像より以下の行為が発覚した。 @令和5年5月19日 19:13頃 被害者Aの頭部を脇に挟むように抱えながら、寮内のトイレに引き入れる行為 A令和5年6月26日 13:27頃 デイルームで横になっている被害者Bの体を足を使って移動させた後、足で蹴り押して移動させた行為 B令和5年10月28日 14:38頃 寮内の通路に置いてあるソファーに座っていた被害者Cが立ち上がった際、被害者Cの喉辺りを押してソファーに座らせ、その後、ソファーから動こうとした被害者Cの顎のあたりを押し、その勢いで被害者Cの右目尻付近が居室入り口の角に当たり、5ミリ程度の裂傷を言わせた行為 (2)上記行為について、法人は11月29 日から12月4日にかけて、所轄警察署に情報提供ないし通報(告発)を行った。 5 元職員Xに対する法人の処分及び刑事事件の経過 (1)元職員Xに対しては、法人は令和5年11 月28 日付けで懲戒解雇処分を実施した。 (2)また、令和5年12 月25 日付けで横浜地方裁判所小田原支部に対して、被害者Aに対する傷害事件が起訴された。 その後、被害者B、Cに対する暴行罪について追起訴されるなどし、刑事事件としては、令和6年8月2日、懲役2年、執行猶予4年の判決が言い渡された。 (3)なお、元職員Xは、刑事公判廷において、本件の原因として、強度行動障害の状態にある利用者が多いせせらぎ寮での勤務において、自身の知識や対応力が不足していた、と述べた。 加えて、元職員Xは公判廷において、令和3年4月にせせらぎ寮に配置された後の環境として、先輩職員らによる入所者への虐待や「不適切な支援」が横行していた、 職員の約半数が虐待していたが、先輩からにらまれるのを避けるために同調せざるを得ず、上司への報告もできなかった、 次第に自身の感覚が麻痺し、同年秋頃には自身も入所者の行動への憤りから暴力を振るうようになった、 令和5年4月に虐待防止のためのカメラが園内に設置されたが抑止力にならず、暴力行為を続けていた、 入所者を対等な人間としてみることができない、などの状態に陥っていたと供述している。 (4)元職員Xは、公判廷において、せせらぎ寮における虐待ないし「不適切な支援」の例として「盃チャレンジ」と称して水分を取りたがらない入所者に対して、丼にお茶を入れて無理矢理飲ませるという行為を目撃したことがあると述べた。 6 元職員Xに対する法人内職員の評価と情報共有について (1)本件事件の根本的な原因について、職員ヒアリングを行った。その概要は以下のとおりである。 まず、元職員Xに対する職員内の評価は一定していない。 すなわち、元職員Xに対しては、生活1課に勤務している時期を知る職員は、大人しい人だった、丁寧な支援をしていた、 ユマニチュード(主に認知症高齢者の尊厳,人間らしさを尊重することを主眼とするケア技法)の勉強と実践に取り組んでいた、真面目で優しい人だった、 こんなことをするはずがないと思っていた、驚いた、などの評価を抱いていた。 (2)一方で、元職員Xについて、あまり器用な人ではなかった、仕事ぶりが効率がよいとはいえなかった、融通がきかなかい人だった、などと指摘する者が一定数存在する。 また、高齢の入所者が多い生活1課には向いていたと思うが、強度行動障害の状態にある利用者が多いせせらぎ寮は本人の適性に合っていないと思っていた、なぜせせらぎ寮に配置されたのか分からない、その意味で法人の責任は大きいと思うと述べる職員もいる。 (3)さらに、他の職員の中には、元職員Xの支援は時として力任せになっていた、点眼を嫌がる入所者の首を強く押さえて点眼をするなど、乱暴な支援をする時がありそういう方法を取らない方がいいと話したことがあった、 入所者を足で動かしていたのを見たことがある、元職員Xは周りのフォローが必要な支援をする時があった、などと指摘した者が複数存在する。また、元職員Xが利用者の髪を掴んで床に引き倒したところを見たことがある、などと述べる職員もいる。 (4)さらに元職員Xの夜間勤務の際、あるいは元職員Xが1人で支援していた際、入所者の怪我が多いという印象をもっていたと述べる職員もいた。 なお、このような事象に関して、園内で入所者の怪我の原因の精査が実施された形跡は認められない。現に、本件傷害事件の発生後、園内で「みまもりカメラ」の映像確認を実施した結果として前記@〜Bの行為が発覚したことは事実である。「みまもりカメラ」が存在し、 かつB事案のように外傷が生じていた事案であっても、園内での原因精査がされず、元職員Xの行為の見落としがされたことが明らかとなっている。 (5)元職員Xの支援が乱暴であったこと、怪我が多いと思っていたなどの状況については、これを指摘する職員はいずれも上司には相談をしたことはなかった、と述べた。 中には、「上司にいっても無駄だと思っていた」と述べる者もいた。 また、寮長、課長、支援部長など複数の管理職員らは、総じて元職員Xの支援の問題点には気づかなかった、元職員Xの支援に課題があると聞いたことはない、問題があったとは思っていなかったなどと述べている。怪我については、もともと「自傷をする入所者ばかりだったから、自傷だと言う職員の言い分を信じていた」と述べる者もいた。 かかる状況を踏まえれば、元職員Xの支援の問題性について、同じ現場にいた職員の中には気づいていた者もいたものの、組織内での情報共有が適時適切に実施されおらず、上席にあるものが元職員Xの支援の問題性を認識できていなかったことは明らかである。 加えて、本来であれば、個別の職員の支援力や専門性・スキルなどについて、他の職員からの指摘がなかったとしても、本来把握すべき管理職の立場にある職員が適切に把握をしていなかったことも明らかとなった。 結果として、本件事件の発生に至るまで、共同会自体並びに園の管理監督責任を有する職員全員が元職員Xの支援の問題性を認知することがなかったという大きな問題が存在していることが指摘されなければならない。 7 せせらぎ寮自体の問題性の指摘 (1)元職員Xの公判廷での供述 前述のとおり、元職員Xは刑事裁判における公判廷で、せせらぎ寮に配置された際、先輩職員により入所者に対する虐待ないし「不適切な支援」が横行しており、自身も次第に感覚が麻痺していった、などと述べている。 この点についての第三者委員による調査の結果及び分析についても後述するが、本項では以下のとおり問題点が指摘される。 (2)本件事件が発生したせせらぎ寮では、令和3年度期末及び令和4年度期末の2ヶ年に亘り、それまで長期間、支援員であった職員の大量移動があった。 令和3年度期末には寮長を含む職員12 名中5名が異動、1名が退職となり、令和4年度期末には加えて3名の職員が異動し、2ヶ年のうちに退職者を除き職員の大半の9名が一斉に異動した。 退職者を除く異動者のせせらぎ寮在籍年数は、それぞれ7年の者(2名)、5年の者(2名)、4年の者(2名)、3年の者(1名)、2年の者(1名)がおり、年次中の意向届けでは、勤務継続を希望するものがほとんどであった。 (3)このような異動の経過については、一気に寮の大半の職員、しかも経験の長い職員を大量に異動させることは異例だったと述べる者がおり、 その結果、経験の少ない支援員がほとんどとなり、令和5年の段階でせせらぎ寮の在職が3年目となっていた元職員Xに業務上の負担も心身への負担も増え、余裕が無くなっていたのではないか、との意見を述べる者がいた。このような異動の異常性を指摘する現場職員は複数存在する (4)一方で、上記2ヶ年に亘る職員の異動により、せせらぎ寮内の風通しが良くなり、仕事がしやすくなったと述べる者もいる。 複数の職員のヒアリングによれば、せせらぎ寮では、上下関係が厳しく、特定の後輩職員が厳しく当たられていた、パワハラのようなものがあった、キャリアがある職員、先輩職員が自身のやり方にあわせるよう求めることが常態化していた、 などとされ、時に威圧的な物言いをされ、それが「不適切な支援」であったとしても物が言いづらい状況にあった、今までのやり方はここでは通用しないから、早く周りにあわせろと強く言われたことがある、などの実態があったとする。 (5)また、入浴や食事介助などの場面では、本来のマニュアル以外に、業務を「早回し」にするためのマニュアル(「裏マニュアル」と呼ぶ者もいる)があった、人によってやり方が違っていた、などの指摘がされた。本来のマニュアルとは別の方法で 行う支援は、業務を早めにすませて、職員の自由時間を確保するためだったと思うと指摘する職員もおり、「当事者優先の支援」ではなく、「業務優先の支援」が横行していたと話す職員も存在する。 また、この「裏マニュアル」を用いるのは、寮長などがいない時である、と述べる職員は複数存在した。 (6)第三者委員会としては、元職員Xが公判廷において行った「自分がいたせせらぎ寮では、先輩職員らによる入所者への虐待や『不適切な支援』が横行していた」との供述に関して、聴き取り調査を含む各種調査を行ったところ、 後述第3に記載したとおり、せせらぎ寮における不適切行為の存在があったものと言わざるを得ないとの判断に至っている。 後述第3記載の各行為は、いずれも入所者の尊厳を損なうものであり、身体的心理的性的虐待行為として認定されうる行為であるところ、愛名やまゆり園において、そういった事実がこれまで問題行為として指摘されたことはなかった。 その理由は、これらの行為が主に課長ないし寮長などの管理職がいない場で行われていたこと、仮にそういった行為を目撃したとしても、「不適切な支援」だと先輩職員に異を唱えることが困難であったこと、 他の職員が仮にそのような事実を上席の者に言った場合、誰が話したかが発覚することによって、自身が当該職員から嫌がらせされるかもしれないなどの恐れを抱いて職務に当たっていたことなどの事情が指摘される。 さらに、管理職の立場の職員に申告したとしても、事実が確認できないなどとして、当該不適切行為を行ったとされる職員への調査を行わない、あるいは表面的な聴き取りをもって事実が確認できなかったと結論付けられた、という状況も認められ、 そのような対応が職員に「上に言っても無駄」という意識を持たせる原因になった可能性がある。 8 強度行動障害の状態にある入所者への支援を支える研修制度等の存否等 (1)第三者委員が調査を行った多くの職員は、せせらぎ寮への配置にあたり、強度行動障害の状態にある入所者の支援について専門的な知識や支援の質を担保する研修制度はなかったと述べており、 せせらぎ寮への配転後は「ダブル勤務」と称した先輩職員と同時間帯の勤務を行うOJTの機会が与えられるのみであったとする。 (2)職員ヒアリングの結果を踏まえれば、強度行動障害の状態にある入所者への支援について、寮への配置段階で専門性のある研修等が実施されず、一方で、先輩職員とのダブル勤務により、寮内での支援の方法や手順などが口頭伝達されていたものといえる。 そのような体制が連綿と続いていた現状では、現場のキャリアが長い職員のやり方が絶対のものとされ、新任職員にとっては、当該先輩職員の支援に対して例え不適切だと考えたとしても指摘等をすることはできず、そのやり方に同調せざるを得ない上下関係が存在していたといわざるを得ない。 9 せせらぎ寮内の環境要因と本件行為との関係について (1)元職員Xは、自身の刑事公判廷での供述として、先輩職員らによる入所者への虐待や「不適切な支援」が横行しており、その影響で自身の感覚が麻痺していったと述べる。 しかしながら、刑事判決でも指摘されたとおり、「そうした職員の大半は異動し、犯行時には職員の不適切行為はあまり見なくなったと被告自身が述べており、酌量の余地は乏しい」という事情があるのであり、元職員Xによる暴行行為が上記のような不適切支援の横行が直接の原因になったとまで認めることはできない。 (2)一方で、せせらぎ寮内で入所者を対等な立場の存在と扱わない実態があったことも事実であり、かかる状況に加え、強度行動障害の状態にある入所者に対する専門的支援の知識を共有し、 それを実践する適切な研修の機会等がなかったことが認められる本件では、元職員Xの個人的資質のみに本件行為の全責任を求めることもまた困難といわざるをえない。 (3)他にも、愛名やまゆり園全体で、職員の欠員が常態化しており、常にギリギリの人員で業務を行わざるをえない状態であったこと(これは現在も継続している喫緊の課題である)、 一方で、法人からは、利用者の意思決定支援の導入など新たな施策を実施するよう求められるが、人員もいない中でやることばかり増え続けていること、 身体拘束の解除や居室・寮出入口の施錠解除、タンスの施錠解錠などそれまで当然に行われていた「不適切な支援」の改善を一方的に指示され、反面で、業務の改善に向けた具体的かつ効率的な支援が得られていないという閉塞感が存在していることなど多数の問題点が指摘される。 職員の中には、「法人は、あれやれこれやれというだけで、あとは現場に丸投げしているだけだった」という同趣旨の意見をいう者が複数存在した。 また、支援現場内には、「やり方が寮によってバラバラ」、「上の人(園長、支援部長、課長など)には何をいっても無駄」、「看護課が上の立場にある」、「何を言っても変わらない」、「何か問題があっても、上の人は一切責任を取らない」、「部門間、上下間のコミュニケーションができていない」、「上が職員を大切にする気がない」、 「課長がすごく大変な状態だが、あれでは課長になりたい人などいない」などの諦め、あるいは無力感を口にする者が多く存在するなど、現場の支援を支える仕組みがなく、現場の職員の負担感だけが増大し続けていることが指摘される。 さらに、後述するとおり、法人そのものにも、専門性と責任感をもった意思決定部門が存在しないこと、人員の増員や人材育成等の不備不足、研修の形骸化など法人内の課題について抜本的な対策が取られていないこと、度重なる虐待等の行為の発覚によって示された改善策が抽象的で何ら実効性のある対策が取られているとはいえないことなど、極めて多くの課題が積み重なっている。 このような多くの法人内の問題、課題が累積したことに加え、職員の適性を適切に把握し、人材を育成するという体制もないままに、元職員Xは支援が困難な入所者の支援に行き詰まった挙げ句、「不適切な支援」が横行していた環境下で自らもまた虐待行為に至ってしまったという実態がある。 当然ながら、「不適切な支援」を継続し続けた当該職員の自覚の無さと他者に頼れないという性格上の特性も相まって、本件が発生したことは否定できないが、せせらぎ寮、愛名やまゆり園及び共同会の組織上の問題を抜きにして本件虐待行為が発生したと認めることはできない。 ? 第3 第三者委員会による職員ヒアリングの状況について 令和5年に発生した愛名やまゆり園せせらぎ寮における虐待事件については、加害者の個人的な要因に加えて、虐待事件を起こしたせせらぎ寮、及び愛名やまゆり園、神奈川県における背景要因があったことが考えられる。第三者委員会では、元職員Xの虐待の背景要因や、せせらぎ寮、愛名やまゆり園の状況を把握することを目的に、令和3年度から令和6年度にせせらぎ寮に在籍した職員23人(退職者及び主任職、管理職を含む)、せせらぎ寮以外に在籍した職員17人(一般職、管理職、法人幹部を含む)を対象に、ヒアリング調査を実施した。 ヒアリング内容は、発言者の個人名は匿名とすることを条件に、ヒアリング対象者の承諾を得た場合は録音し、反訳したテキストデータを作成し、録音に承諾を得られなかった場合は筆記によるメモを作成し、それらのデータに基づき分析した。 1 元職員Xの虐待事件の背景要因 (1)せせらぎ寮の位置づけ 愛名やまゆり園の入所部門は、生活1課〜生活3課に分かれており、さらに各課が男性寮、女性寮に分かれ、6寮体制となっている。せせらぎ寮は生活2課における男性寮であるが、主に「強度行動障害」の状態にある人が入所する寮と位置づけられている。 神奈川県では、神奈川県強度行動障害対策事業(以下、「強度行動障害対策事業」)を平成16年4月1日に施行した。愛名やまゆり園は、その実施施設の一つとして位置づけられている。同事業は、令和5年4月26日の「神奈川県強度行動障害対策事業の終了について(通知)」をもって終了した。理由は、令和5年4月に施行された「当事者目線の障害福祉推進条例」の基本理念に則り、「これまでの取組内容などを改めて見直す必要があるため」とされている。 強度行動障害対策事業の対象者は、「知的障害や自閉症等であって、多動、自傷、異食等、生活環境への不適応行動を頻回に示すため、適切な支援を行わなければ日常生活を営む上で著しい困難がある障害児者」とされている。事業の実施施設として、中井やまゆり園、こども自立生活支援センター、三浦しらとり園、津久井やまゆり園、愛名やまゆり園及び七沢学園とされ、中井やまゆり園を中核施設と定めている。事業内容のひとつとして「強度行動障害対策生活支援事業」が定められ、その事業内容は「実施施設において必要な支援を提供し、対象者の障害特性と行動障害を引き起こす要因の把握及び支援方法の検討を行うとともに、地域生活への移行を踏まえ、関係機関と連携し環境調整を行うものとする」とされている。 また、中井やまゆり園は「強度行動障害判定基準表」の合計点数が20点以上の人の受け入れを行い、それ以外の実施施設は、中井やまゆり園の支援により日常生活を営む上での著しい困難が軽減された人の受け入れを行うものとされている。実施施設は「強度行動障害対策事業担当職員」を配置し、個別支援プログラムの作成及び調整、支援事業対象者への支援を行うこととなっている。 津久井やまゆり園では、強度行動障害支援班が置かれ、特にみのりホームに「強度行動障害」のノウハウの蓄積と、それに特化した支援を行っていた。 津久井やまゆり園の勤務経験がある職員は、当時のみのりホームについて「(「強度行動障害」に特化した)寮で、利用者のことを知らない、違う寮の職員が入ったりできなかった」、「『強度行動障害』の状態にある男性利用者の寮で、その寮の職員のみがほとんど対応する」、「利用者には、こういうことがあるから、他の寮の人は寮内に入るのを控えてくださいといわれていた」、「時々、他の寮の職員もその寮に入って見守りもしなければいけないが、知らない職員には何もできない」、「知らない職員が、少し動いたことによって利用者が襲い掛かってくるということもあった」、「本当に『強度行動障害』に特化した寮だった」と述べている。 みのりホームの勤務を経験した職員は、「県直営から共同会が津久井やまゆり園を受託した時は、県の職員から共同会職員が引き継いだが、本当に意識が高かった」、「自閉症や行動障害に関しては、みんな勉強したり、詳しい職員から対応方法を教えてもらったりした」と語っている。法人の人事異動により愛名やまゆり園のせせらぎ寮に配置された職員たちは、津久井やまゆり園みのりホームの経験に基づく「強度行動障害」支援を行っていたものと思われる。 (2)せせらぎ寮が抱えていた問題 1)「集団処遇」を基本にした「強度行動障害」の対応 津久井やまゆり園の「強度行動障害」支援を経験した職員は、せせらぎ寮で行った支援は、「刺激や環境の変化に弱い」利用者に対して「困惑させるような状況」をつくらないことと述べている。また、「利用者が、寮の生活に合わなかったり、調子が高くなったりといような状況が起きた時に、どう改善していけばいいのかというアプローチの仕方」を「実践的に教えてもらった」と述べ、利用者の落ち着かない行動を「ここから見ていこうか、とアプローチすることで、いったん落ち着いて見えるようになった」ことを「強み」と述べている。 また、別の職員は「行動障害というのは段階があるので、正しい支援をしていけば行動が改善されてく」、「行動が改善された時に、ステップアップできる次の環境を用意しておくことが大事」、「行動障害が大変な方は」「施錠された、ちょっと日常生活では考えられないような世界のところに入ってもらい、いろいろ正しい支援をして、何年かかけてステップアップするということが大事」、「構造化というか、そういう環境の中で生活しなくてはいけない」、「刺激がない環境、と言ったほうが正しいんですかね」、「パニックになった時に部屋に施錠して冷静になってもらったり。いろいろなものが気になってる時に、何もない空間に入ってもらう」、「自分でクールダウンする習慣を身に付ける、習得させるためにはそういう環境も必要」と、パニックを起こした利用者を、施錠した居室を利用して刺激の低減を図ることにより、行動障害が段階的に改善されると認識していることが伺えた。 別の職員は、「安定できるような支援が必要。毎日この人たちは同じことをすることが落ち着けると教わった」、「次に何をするか分からないと混乱するため、一日の組み立てがすごく大事。そこは徹底してシステマチックにやっていた」と述べ、日々同じ日課を繰り返すことで利用者が安定すると考え、重視していたことが伺えた。 これらから、入所施設での集団生活が前提となって、利用者に刺激が少ない一律な対応を「集団処遇」として行おうとしていたことが伺えた。 2)職員の目線や行動による利用者の行動抑制 また、「利用者は、結構よく人を見てる」、「職員の行動は結構気にしている」ことから、利用者を「把握」する方法として、「見てますよ、という目線を一つ送るだけで、あ、見られてるなという認識はあると思う」、「散歩に出かけた場合に、何となく手つなぎしながらではなく、『今日、付き添いですからね』と、少し強い感じで、ちゃんと手を握ってますよという感じで伝えていかないと。みんなで待ってる時にも、『僕、ここで見てますからね』って」、「利用者は1 人だけではなく、他の利用者も見ないといけないので、『きちんと見てますから』というのを本人に気付いてもらわないと、ぱっと出て行ってしまう」、「基本そういう行動がある方に関しては、そういうふうな対応をする」など、職員の目線や行動を通じて利用者の行動を抑制しようとしていたことが伺える発言があった。 3)「ダブル勤務」による対応方法の強化 そのような対応方法を、新たにせせらぎ寮に配属になった職員に伝達する手段として、職員は一様に「ダブル勤務」を挙げている。ダブル勤務とは、新たに配属になった職員が、ローテーション勤務に独り立ちして入ることができるまでの間、従来からせせらぎ寮に勤務していた職員と新たに配属になった職員がペアを組んで勤務し、OJTを行う勤務を指す。ダブル勤務を通じて、せせらぎ寮の「強度行動障害」に対する支援方法は、新たに配属された職員に伝達され、強化されていったものと思われる。 一方、「強度行動障害」の対応がうまくできない職員に対しては、「専門的に関わっていたから上から見てたところもあるかもしれないが、研修、知識、テクニックがちょっと足りないなと思う時はあった」、「過剰に関わり過ぎると、利用者の興奮が上がってしまい、そこで一緒に働いてる職員は大変な目に遭ってしまう」という評価がされており、「強度行動障害」支援の経験がある職員が、せせらぎ寮の職員の利用者対応を評価し、主導的な立場を形成し対応方法を強化していったことが伺えた。 2 せせらぎ寮における虐待行為ないし「不適切な支援」の存在について (1) 元職員Xの証言について 前述したとおり、元職員Xは自身が勤務していたせせらぎ寮では、先輩職員の約半数が虐待や「不適切な支援」をしていた、自分もそのような支援を見聞きしているうちに感覚が麻痺し、暴力を振るうなどしてしまった、などと延べ、具体的には「盃チャレンジ」という言葉で、利用者に水分を大量に飲ませようとしていた、などと供述した。 この点、第三者委員会としては、職員ヒアリングを含む調査の結果、令和4年度以前のせせらぎ寮において、元職員Xが公判廷で供述した「せせらぎ寮の先輩職員の約半数が虐待行為ないし『不適切な支援』をしていた」との事実については、「盃チャレンジ」と称する行為を含む後記(4)に記載した虐待行為ないし「不適切な支援」が存在したと認めざるをえない。 ヒアリングにおいては、複数の職員から、「以前せせらぎ寮にいた職員は利用者を殴ったり叩いたりしていた」、「以前は利用者を怒鳴ったりとかは当たり前にあった」、「元職員Xが逮捕されるなら、他の人達も逮捕されてもおかしくないということはあったと思っている」、「自傷行為のある人が多かったのは事実だが、利用者の特性や行動パターンからは、この人はこういう自傷はしない、職員がやったんじゃないかと思うことはあった」、「特定の職員が勤務している時に怪我が多かったが、全部原因不明で終わった」、「職員本人が、やっていない、自傷だと言われれば信じるしかない感じだった」などの発言があった。 (2)「盃チャレンジ」について 元職員Xが法廷で語った「盃チャレンジ」について見聞きしたことがあるかについて確認したところ、職員ヒアリングでは「盃チャレンジという言葉を聞いたことがある、かなり前に異動した職員がそのような言い方をして、利用者に水分を取らせていたと聞いたことがある」、また、「特定の利用者が2杯目のお茶を配膳されると怯える様子を見せたことがあり、それを別の職員が笑っていた」と証言する者がいた。 さらに、職員の中には「水を飲むという欲求だとか要求に対して、1 回で飲む水分量というものが、せせらぎ寮の中では多かった。それが盃なのかコップなのかは分からないが、飲ませなくてはそういった行動が抑制できないと思って頑張ってる職員もいて、それに疑問に思う職員もいて」、「いろいろな見方、見立てが存在してるのだなというような話はした」、「状況を切り取れば、そうなるかもしれない。そのような程度の話は聞いた」と語る者がいた。 このようなヒアリングの結果からすれば、元職員Xが公判廷で供述した「盃チャレンジ」と称する「不適切な支援」が存在していたことは事実であると考えられる。 一方、園を管理監督する立場の職員は、一様に見たり聞いたりしたことはないと述べており、現場との認識のズレが認められた。 (3)ヒアリングで把握されたその他の虐待行為ないし「不適切な支援」 複数職員のヒアリングの中で、令和4年度までの間に、複数の虐待行為ないし「不適切な支援」行為があったという発言があり、第三者委員会として職員ヒアリング等により検証した結果、以下のとおり具体的な虐待行為ないし「不適切な支援」の存在を裏付ける証言が得られた。さらに、「そういうことがあったかもしれない」、「そういうことがあったとしてもおかしくない状況だった」、「言っている内容は正しいと思う」、「複数の職員が目撃していた」などという趣旨の発言をした職員も複数存在する。 なお、そのような職員の証言に対し、園を管理監督する立場の職員は一律にそのような行為はなかったと明言している。 しかし、職員ヒアリングの結果やその他の調査によれば、虐待や「不適切な支援」に関する職員らの証言は具体的で詳細であり証言相互に一致する点も多く、総合的に判断して、せせらぎ寮内において過去の一定時期に利用者に対する虐待や「不適切な支援」が横行していたことは事実であると判断した。 (4)具体的な虐待行為ないし「不適切な支援」の例示 @ 特定の利用者を嫌っていた複数の職員が、その利用者の腹部をボクサーのように何度も殴るのをみた。首の後部を手拳で叩くのをみた。 利用者を殴っている職員が夜勤だった翌朝、その利用者の体に痣が出来ているのをみたことがある。 A ダブル夜勤の際、先輩職員が利用者の頭を、スマホやゴムハンマーで叩いているのを見た。 B 利用者に対して「おい死ねよ」「能なし」「早く食え」などという暴言を口にしていた職員がいた。 C おやつの時間帯にボールにお菓子を山盛りにして、それを利用者に餌付けするようにして配っていた時期がある。職員が「これから餌付けだからよ」と話していたのを聞いた。 D 特定の利用者に、ダイエットや運動と称して、指パッチンや指をさすなどでサインを出して、廊下を走らせる、スクワットをさせるという行為があった。 指パッチンは分からないが、利用者が廊下を走ってるようなのは何回か見たことはある、職員が仁王立ちして、利用者を寮内の居室前の廊下を走らせていた。 以前、暴力や威圧で利用者をコントロールしていた職員が複数いたが、ある職員は指を鳴らして利用者の行動を支配していた。 廊下を走らせる事について、支援の必要性だとか寮内で話合いがされたということはなかった。 E コーヒー好きの利用者のために買ってあった缶コーヒーを渡す際、二人三人の職員がパス回しをして、利用者が貰えないことで慌て混乱するのをからかうような行為があった。 当時の職員だったらそういうのもあったのかもしれない。 見たことはないが、コロナ禍で外出をしなくなってからは、事前に缶コーヒーを箱で買っていて、時間になるとそれを渡していた。彼らがやっていたことを考えれば,そういったことをしていた可能性はある。 F 特定の利用者に対して、「おちんちん早くやって、やらないとコーヒー上げないよ」といって自慰行為を強要させた。 当該利用者は、当時、頻繁に自慰行為をしていたが、ある時期からは同じ時間帯にすることがなくなったということはあった。 コーヒーを飲ませる前のタイミングで自慰行為をさせてたようにみえた。 頻繁にコーヒーの催促があったため、時間まで待てないから、走っとけとか、場合によっては自慰行為しとけ、という流れになっていた可能性はある。 G 食事の時間に介助をしている職員が、早く終わらせたいために、ご利用者の口に食事を次から次へと詰め込んで、ご利用者がむせて飛び散らしてしまい、それが職員の服についたときに、「きたねーな」といって平手打ちをした。 食事をこぼした利用者さんがそれを拾おうと床に四つん這いになったときに、「こぼすなよ」といってお尻や太ももを叩いている職員を見た。 日常的に暴力や怒鳴る職員が多かったので、自分のいないところであったと思う。 食事中の乱暴なやり方、荒い支援はあったし、見たことがある。 具体的にいつとは覚えていないが、怒鳴っているのは日常茶飯事だった。 乱暴な支援をしていたのは複数の職員だった。 H 食事が麺類のときに、職員がつゆにとろみを付けたものをレンジで沸騰させ、無理矢理食べさせて口の周りが赤くなったところを笑っていた。 そのようなことがあったということを聞いたことがあった気がする。 I 共有スペースのデイルームで居眠りしている利用者のくるぶしを、職員がハンマーチャンスといって、スマホや木槌などで叩き、驚いた利用者をみて楽しんでいた。 ハンマーチャンスという言葉は知らないが、ソファに座っている利用者のくるぶしを叩くところは見たことがある。 (修理用に寮内に置いてある)木槌を持っている職員をみたことがある。 利用者さんを叩いてたと思う。 スマホで利用者の頭を何度も叩いていた職員を見たことがある。 J ハンマーチャンスで痣ができた利用者がいたときに、「ソファに正座するような姿勢で座っていて、そのあと、正座する姿勢だったから、立ち上がったときに捻挫した」と嘘の記録を作成した。 ※Jについては、該当する事故記録は存在したが、本人の座り方が原因ではないか、との記載とその対策に関する記載がされていた。 K カフェインを飲むと不眠になり、不穏になったり異食が起きたりする利用者がい たが、特定の職員の夜勤時にその利用者が不眠になることが不自然に多かった。遅番の職員が意図的に利用者にカフェイン入の飲み物を渡し、特定の職員の夜勤の仕事量を多くしていた。 そういうことがあったのは知っている。 自分は、その日の夜勤職員に嫌がらせをしようとする別の職員から、何も知らずに「利用者さんにコーヒーを飲ませて」と言われたことがあり、実際にその夜に利用者さんが不眠になった。そういった大事な情報は寮に配属された際に教えてもらえなかった。後々、他の職員への嫌がらせのためにカフェインを与えていたのだと気付いた。 L 利用者の服の襟を、ネコの首をつかむように持って誘導していた職員をみた。(複数の職員から同様の発言がある) M せせらぎ寮内にいる利用者の腹と背中を職員が殴るような様子を、寮の非常口の外側からみた人がおり調査が入ったが、その時は事実確認ができなかった。 N 食事の場面で、利用者に「食べるまで席を動くな」「咀嚼は何回しろ」とか、風呂の場面で鼻血が出ててもまだ入ってろ、と長風呂させたのを見た。 O 利用者が反応するからかうような言葉をわざと言って、興奮させることはあった。 P ソファに座ってる人が立ち上がって、何度もけがをしてしまい、家族から「なんとかしてくれ」と言われて、Y字帯で立ち上がれないようにしていた。 Q 散髪する時は、動きが激しい人は最初縛っていた。 3 虐待行為等が放置されていた原因状況について (1)閉鎖的な寮運営 令和4年度以前のせせらぎ寮の状況について、「(当時勤務していた複数の職員は)課長、部長、園長に対して、批判的で意見を受け入れる気持ちもないという態度だった」 「現場のことは自分達が一番わかっているという姿勢」「上の人たちの意見は聞き入れない」と述べる職員が複数いた。 また、女性課長が配属された当初、「利用者が落ち着かなくなるから、女性は寮内に入らないでほしいと言っていた」、「当時は女性課長を寮に入らせなかった」とされ、「女性が寮に入ったことが火種になって、利用者が興奮した状態が広がって、それを後片付けするのは現場の職員」、「課長に限ったことではないが、寮の職員以外の人が来ることで、利用者のいつものルーティンが崩れて、違う一面が突然出てきてしまう」という発言をした者がいる。 一方で課長を寮内に入れなかったのは、「寮内で行っていたことを隠したかったからだとも思う」と述べる職員もいた。さらに、課長が支援員に助言をした時に、課長よりもせせらぎ寮の勤務が長い職員達が、「せせらぎ寮のことを知らないあなたが、何を言っているんだ」と、突っかかっていったことがあった、と述べる職員もいた。当時について、「閉鎖的な雰囲気や、職員の都合を優先させた支援があった」、「利用者は、職員のところには寄っていかない」「(職員から怒られるから)座っててくださいと言われて、動かなかった」と述べる職員もいた。 また、これらを主導していた複数の職員について、「仲が良いためお互いをかばい合い、自分達のやり方に合わないと排除する」「以前からうわさで悪い評判を聞いたことがあった」「プライベートでも仲が良くて一緒に遊びに行ったりしていた」という意見があり、複数の職員がグループ化していた実態が伺われた。 利用者は、「以前は落ち着いているというよりは、何もすることがないという感じだった」「今のほうが利用者はみんな元気な感じ」と、以前のせせらぎ寮と比較して寮の雰囲気を語る職員がいた。 これらのことは、津久井やまゆり園みのりホームにおいて、みのりホームの職員以外は、寮内に入ることを制限していたことと通じ、当時の職員グループが、「利用者を落ち着かせる」ことを理由に、せせらぎ寮職員以外の者を寮内に入らせないようにする閉鎖的な寮運営を堅持していたことが伺えた。 (2)業務の「早回し」 せせらぎ寮では、早番、日勤、遅番、夜勤、夜勤明けという変則ローテーション勤務の体制をとっており、それぞれの勤務ローテーションに応じて業務マニュアルが定められている。しかし、令和3年度頃までは、「それとは別に、寮長がいないときに、職員が楽をするための裏マニュアル」がある、ということが述べられた。「裏マニュアルは、先輩職員が早めに業務を処理するためのマニュアル」「食事を早めに終わらせるとか、歯磨きは簡単に終わらせる。空き時間が出来たら、職員は休む」と説明する職員がいた。 寮を管理監督する立場の職員からは、「私は知らない。それは個人が単独でやってたのではないか」、「私の時はなかった」などと否定する発言があった。 一方、別の現場職員からは、「何となくの雰囲気。早回しではないけれど」、「実際に、それをやらないと残業になってしまう。早番業務が時間で終わらないと、後の勤務者に負担が行ってしまうというのは確かにあった」、「入浴が、1人あたり3分以内ぐらいには済んでいた感じ」、「ある利用者に対する食べさせ方が、ご飯もおかずもみそ汁も全部ごちゃ混ぜにして、『スペシャル』といって食べさせていたという話は聞いた」という語りがあり、早回しシフトが行われていたとする発言もあった。 また、別の現場職員からは、「確かに流れ作業的にやってた時期はあった」、「ベテランさんで慣れてるから『どんどん回そうよ』みたいな感じではやってました」、「新人、経験積んでたらある程度は、もうちょっと早く回せるよね」、「食事介助を1人に30 分かけてれば、それは時間内に終わんないですし、次の業務が待ってるのに『まだそこを?』みたいな話はした」、「早巻きで早く終わってないと怒られる」、「遅い人が、この人の時、終わってないよね、みたいな」という語りがあった。また、「早いのは雑にやっているだけ」、「せせらぎ寮の半数が雑にやっていた」、「特定の職員の指示は、洗脳のようで絶対になっていた」、「(寮の管理監督者も、特定の職員には)指示はだせなかった」と当時の寮内の様子を語る職員がいた。 元職員Xについては、「先輩たちから支援についてアドバイスされたことをそのままやらず、自分で考えてやろうとしていた」、「素直さが足りないなと思った」と述べる職員や、マイペースだったので「お前のいる勤務は他に負担がかかる、などすごい言われていた」、「そのストレスを利用者に向けていたと思う」と証言する職員もおり、先輩職員の「早回し」のやり方に従わない元職員Xが、業務が遅いと見なされ、抑圧的な対応を受けていたことや、そのストレスが虐待行為の背景につながっていたことが推察された。 (3)寮を管理監督する立場の職員の認識 せせらぎ寮を管理監督する立場の職員からは、せせらぎ寮における「強度行動障害」の支援について、津久井やまゆり園における県の強度行動障害対策事業に特化したみのりホームで勤務した職員が、研修や勉強、実践を積んだ後せせらぎ寮に異動して、その対応方法を引き継いだという見方が示された。居室やタンスの施錠等の対応により、利用者が落ち着いている状況に対して、「上から解錠といわれ、利用者のことなんか全然考えてない、という感覚をもった職員からは反発が強かった」と述べている。 一方、「トップダウンだったが、施錠を止めてみたら利用者は意外と大丈夫だった」、「年齢も含めて利用者は変化しており、それに合わせて環境的な制限をなくしていく取り組みも必要ではないか」という意見も聞かれた。 また、寮を管理監督する立場の職員は、「(人事異動で新たに配置されたある職員に対して)結構厳しく当たっている職員が何人かいて、その職員たちが、業務をやりやすいように組み立てていたという話は聞いた」と述べた。 さらに、現場職員からは、寮や園を管理監督する立場の職員に対して、特定の職員が先輩職員からパワハラを受けていたことや、虐待が起きていること、支援内容の問題点を伝えたが、「事実確認調査を行うことはなかった」「責任追及を避けるために人事異動で済ませ、隠蔽したのだと思った」という意見があった。 「せせらぎ寮の支援を変えようとしてる職員と、それを拒んでる職員が入り乱れているような状況だったのではないか」、「変えようとする職員たちの声が組織として届かず、形になりにくい状況だったのではないか」、「障害特性が強い利用者に対して、安心、安全という言葉を使いながら、行動を抑制するような支援が中心になっていたのではないか」と述べる職員や、「もっと外に出すべきではないか、もっと楽しみを提供したほうがいいのではないか、という議論が寮内で必ずあったと思う」と述べる職員もいた。 (4)小括 前述したせせらぎ寮における虐待ないし「不適切な支援」が放置された原因については、せせらぎ寮が「強度行動障害」の状態にある人の寮として、津久井やまゆり園みのりホーム経験者による、集団処遇を前提とした一律な環境刺激の低減を行うことや、職員が暴力、暴言等による支配的な言動を行ったり、目線で圧力をかけることで利用者の行動を抑制する対応が標準化され、異動してきた職員には、ダブル勤務を通じてそれを身につけることが要請されことにあると考えられる。 また、勤務を時間通りに終わらせることを目的とした業務の「早回し」ができることが職員間で求められ、「早回し」ができない職員に対して抑圧的な雰囲気があった。ま た、これらを醸成した職員グループが形成され、寮運営の主導権を握り、利用者が落ち着かなくなることを理由に、寮内に寮職員以外が立ち入ることを拒み、寮内のことが外部から分かりにくい閉鎖的雰囲気がつくられていたと思われる。 さらに、寮や園を管理監督する立場の職員が、せせらぎ寮内の職員間のパワハラや虐待、支援の問題点を聞いても事実確認を行わず、人事異動で済ませて隠蔽しようとしていた可能性があることが把握された。 4 愛名やまゆり園幹部の対応 (1)虐待の疑いをうやむやにする体質 「愛名やまゆり園幹部の中には、せせらぎ寮の虐待行為は、園幹部に伝わっていたと思う、責任問題になるのが嫌だったのでは」という意見があった。「かなり前のこと」とした上で、せせらぎ寮内であった虐待について研修のアンケート用紙に記載し、職員から園の幹部に報告もしたが、何の対応もなくうやむやにされた」と述べる職員がいた。「職員を疑いたくないという建て前で、虐待の疑いがあってもすぐにカメラを確認して検証に入らない体制があった」と述べる職員がいた。 (2)現場に指示するだけの対応とコミュニケーションの無さ 県からタンスや居室、寮玄関扉の施錠解除を求められた際の対応について、「県から指示されたことをそのまま現場に指示するのではなく、園や寮で話し合い、その後生じる事態を想定し、県と話し合うという過程を踏まずに(一方的に)指示される」、「職員間では、夜勤2人体制が必要と話していたが、幹部からは何も対応がなかった」、「幹部も現場を見に来てほしかった」と語る職員がいた。 コロナ禍では、「『余計なことするな』と言われて何もできなかった」、「『県に言われてるから駄目』と言われると、話をする気力がなくなってしまう」、「結局、指定管理を取るために運営しているのだなと思った」、「現場職員と園の幹部の間に溝があった」と述べる職員もいた。 また、「園の幹部職員が考えていることが、寮職員までの伝達の中でうやむやになったり薄れてしまってきちんと伝達されていなかった」と述べる職員もいた。 (3)現場に責任を押し付ける姿勢 利用者の家族から、身体拘束の承諾書を取り直すことについて、「園幹部職員が必要ないと判断したにも関わらず、県職員から説明を求められた場で当該幹部職員は出席しようとせず、現場職員に説明させたが、それは違うのではないかと思った」、「(園の幹部職員から)つるし上げのようなニュアンスの話や行為があった」と述べる職員もいた。 (4)小括 虐待の疑いをうやむやにする、県からの指示をそのまま現場に指示するだけ、現場に責任を押し付ける、つるし上げられる、など、現場職員が園の幹部職員に対して不満や不信、溝を感じていたことが明らかになった。 5 令和3年度、4年度に行われた人事異動と背景 (1) 大幅な人事異動 せせらぎ寮では、令和3年度期末に寮長を含む6人(内1人退職)、令和4年度期末に3人の人事異動が行われ、寮の職員12 人中9人という大幅な職員の入れ替えが行われた。法人幹部に対するヒアリングでは、津久井やまゆり園の建て替え工事が完了し、令和3年8月に新たに開設された芹が谷園舎と建て替えられた津久井やまゆり園への利用者の転居に伴う職員の再配置が必要となったことから大幅な人事異動が必要になったための措置であり、特別な理由はないとの説明であった。 (2)人事異動の背景 一方、現場の職員のヒアリングでは、「驚いた。そんなに一気に?と感じた」、「何かの力が働いてるのかなと思ってしまう」、「それまでのせせらぎ寮が、利用者の刺激を減らすことで閉鎖的といわれるような感じだったので、その改善だと聞いた」、「せせらぎ寮が、昔の施設みたいに、集団行動がとても多く、個別的な対応があまりできていなかったのが具体的な理由だと思う」など、せせらぎ寮の「旧態」とした「保守的」「閉鎖的」な「文化」をつくっていた職員グループを解体するために異動させ、寮を立て直す意図があったのではないかという発言が複数の職員からあった。 さらに、職員ヒアリングによると、異動の対象となった職員らに関しては、利用者への複数の虐待行為の目撃証言があり、他にも、保護者の差し入れや利用者用にストックされていた食品類を職員が飲食していたとする指摘や、他の職員が行った利用者の記録を書き直させるよう指示していた事実、また、夜勤の職員への嫌がらせを目的として利用者に対して不眠の原因となる食べ物等を飲食させるなどの行動をしていた、などの証言が得られた。 なお、これらの行動については、寮や園を管理監督する職員に報告したとする者もいたが、個別具体的な対応が図られた事実は確認できていない。 (3)不明確な人事異動の理由 このような状況について、寮や園を管理監督する職員からは、人事異動の目的が、せせらぎ寮の職員グループを解体する目的があったことを一部認めるような趣旨の発言があったものの、明確な経緯の説明は誰からも得られなかった。この点について、園や寮を管理監督する職員から明確な経緯の説明がなされないことは組織として奇異としかいいようがなく、前述した虐待行為の存在を加味すれば、法人自体が現場の実態を全く把握出来ない体質であることや、人事管理の有り様について根本的な欠陥があることを伺わせた。 6 元職員Xが虐待に及んだ背景 (1)元職員Xの印象 ヒアリングでは、元職員Xについて、「自分から人に話し掛けるようなタイプではない」、「人に頼らず、我慢してしまうタイプ」、「元々は内向的な部分がありながらも、話をすれば面白い、ひょうきんな部分もあった」、「すごく穏やかで、仕事上でそこまで激しいことがあるところを見たことがない」、「暴力を振るうタイプではない」という印象をもつ職員が複数いた。 一方、元職員Xがせせらぎ寮に異動後、「利用者の髪をつかんで床にたたきつけたところをみた」、「歩行が不安定な利用者を蹴り倒したのをみた」と述べる者がおり、また、「力任せの支援をしている場面をみたことがある」、「仕事の要領がよくなかった」、「長時間の事務作業で資料ができなかったときに、先輩職員から『それしかできていないのか』というようなことを言われて激高したことがあった、というような話を生活1課の職員から聞いて、意外だった」と述べる職員もいた。 (2)生活1課における様子 「1課は医療的ケアが必要な利用者が多かったので、寝たきりの方や、介助度の高い方に対しては、マニュアルに沿った、優しい支援をしているイメージ」、「1課にいる時のほうが楽しそうだった」、「1課の時のイメージからすると、虐待行為をする感じではなかった」と述べる職員が複数いた。 (3)せせらぎ寮異動後の様子 「異動直後のころは、自分の思いや、学んできたことをせせらぎ寮でもやっていたところがあった。それで、職員の支援を統一しないといけないよと、教えていたつもり」、「本人の思いが強くて、自分はこうやりたいんだというのがあったのかもしれない」、「そのやり方が、虐待を受けた利用者には通用しなかったと思う」、「それが、今回感情が高ぶって、虐待につながったのかなと思う」と、生活1課で取り組んだユマニチュードのやり方と、せせらぎ寮の利用者対応の間で葛藤を抱えていたという印象を語る職員もいた。 また、せせらぎ寮異動後は、「表情が死んでいた」、「1課の時のような余裕がないと感じた」、「ベテラン職員が多かった中では、結構やりにくかったのではないか」、「先輩職員からいろいろ言われて、本人が緊張していた」と述べる職員もいた。元職員Xが、「利用者を蹴ったり、足で動かしていたのを見た」と述べる職員もいた。 「元職員Xはマイペースだった。せせらぎ寮は、彼が来た時、お風呂がすごく大変だった。時間がない中で大勢入ってもらっていたので、さっさとやらないとできないのに」、「そのペースには最初はついていけなかったと思う」と、「早回しに」ついていけなかったことを伺わせることを述べる職員もいた。 さらに、「感情コントロールができなかったことは、多分あると思う」、「イラッとした感情を、人前で見せるようなそぶりはほとんどなかった」、「最近危なっかしい時があるということが、事前に情報として入ってたら、もしかしたら防げたかもしれない」、「障害特性が強く、支援が難しい利用者が多い寮だったので、元職員Xの中でも、何かしら苦しいところはあったと思う」、「ベテランのリーダークラスの職員に対しては、感情的になるところはあんま見せていなかったと思う」と、職員同士の中で、ベテラン職員には感情的になる姿を見せなかった一方、後から異動してきた職員には感情的な姿を見せていたことが示唆された。また、そのような元職員Xの姿が寮内で共有されていなかったことが伺えた。 (4)せせらぎ寮への人事異動の評価 「生活1課の身体介護中心の利用者とは全然違う、行動障害のある利用者の特性で、いっぱいいっぱいになったのではないか」、元職員Xが、「せせらぎ寮は、自分には合わないと言うのを聞いたことがある」、「だったら、異動希望出せば、とは言った」、せせらぎ寮が「人事異動先としてマッチングしていなかった」と述べる職員がいた。 (5)小括 元職員Xは、穏やかな方、暴力を振るうタイプではないが、人に頼らず、我慢してしまうタイプという印象をもつ職員が複数いた。また、介護度が高い利用者が多い生活1課の勤務では、ユマニチュードに取り組み、優しく、楽しい支援を行っていた様子が伺えた。 一方、せせらぎ寮の勤務では、1課の時のような余裕がなく、ベテラン職員が多かった中で、「早回し」についていけず、いろいろ言われて緊張し、表情も死んでいた。そのような状況の中で、感情コントロールができなくなり、先輩職員らによる入所者への虐待や「不適切な支援」が横行していたことに影響され、利用者に対する暴力行為に及ぶようになり、複数の身体的虐待行為に至るような支援を恒常的に行うようになったと言わざるをえない。 7 愛名やまゆり園に対する職員の認識と問題性 (1)職員の士気の低下 「外部に出張とか行った時に、正直名乗りたくない、自信を持ってここで働いてると言えない。まずは、園で起きた不祥事の謝罪から入る」、「愛名やまゆり園と書いてあるマイクロバスを、正直運転したくない」、「組織自体も士気が落ちてしまっている」「みんな一生懸命やっていて、周りから見て、こんなふうにまで変わったと言われるようにやらなくてはならないと分かってはいるが、今は正直胸張って言えない」と述べる職員がいた。 (2)欠員補充がないまま、改善だけを求められる苦悩感 日中活動の改善、地域移行の取り組み、居室やタンス、玄関の解錠などを求められ、「一度にやり過ぎなのではないかと思った」、「仕事はどんどん上乗せされて職員の負担は増えるのに、欠員の補充もなく、現場職員の雰囲気と園幹部の雰囲気にギャップがあった」、「短期入所だけでも止めて貰えれば助かるのに、園はお金がないからどんどん入れろと言い、欠員の補充は全くされない。」、「欠員が多くて、日々の仕事を回すだけで精一杯」、「人がいないのに新しいことをやれと言われるだけで、全く余裕がない」「女子寮の欠員が続いているのに全く対応してもらえなかった」、「自分達は搾取されているだけ」などと述べる職員が少なからず存在した。 また、他園から愛名やまゆり園に異動した職員は、「昭和の施設に戻ってきたな」と感じた、「大部屋はきついし」、「夜勤20人を1人で見るのもきつい。1人で20人の命を見るっていうところの大変さがある」、「異動前は20人を2人で見ていた」、「遅番も2人しかいない、圧倒的に人が足りない」、「大人数を最低限の人数で回す感じで、お風呂も出来なかったり」などと愛名やまゆり園の人員配置の不足を訴えた。 (3)看護課と寮との関係 元職員Xによる虐待が起きた時点において、寮内には元職員X一人しかおらず、風呂の支援をしている時間帯で、風呂から出てきた利用者の髪を乾かしたり、トイレ誘導したりしていたときに、看護課から皮膚科受診の催促の連絡が来たため、焦りと忙しさが沸き上がった、さらに、皮膚科受診対象の方1人の準備をして寮をでようとしたとき、皮膚科対象ではなかった利用者が来て一緒に寮を出ようとしたため、その利用者へのわずらわしさ、仕事の忙しさ、焦りが苛立ちになり、その利用者への暴力となってしまったと述べている。 これらから、看護課と寮の関係が虐待発生時の状況をつくった要因のひとつとして考えられた。 ヒアリングでは、「支援員より看護課の人の方が上という立場」、「自分達が看護課に言われた受診の時間をずらすことはできなくて、間に合わせなくてはいけない」という意見があった。「利用者によっては、『何もないです』と、10秒、20秒で診察が終わってしまう場合もあり、わざわざ受診しなくても、医師が寮に来てくれればいいじゃないかと思う」という意見もあった。 また、「外部から医師を呼んでいるため、看護課としても、医師を待たせてはいけない、ということもあると思う」という意見もあった。 一方、「人手がない時は、看護課が迎えに来てくれたりする。言ってくれれば行くからという感じ」、「看護課の言うことを聞かねばならないという感じではない」、「『今職員1人だから行けません』と言えば、後でいいと言ってくれる」と述べる職員もいた。また、「看護課の対応は、寮の職員次第」と述べる職員もいるなど、看護課と各支援課との関係については、所属する寮によって認識のズレが認められた。 なお、この点に関する園ないし法人の取り組みの状況については、後述する(第6・4項参照)。 (4)寮や園を管理監督する立場の職員と現場職員との意識のギャップ 「今は、チームとしてバランスが崩れている。その統合を、管理側にも現場に入ってやってもらいたい」、「こんな時だからこそ、楽しく仕事ができる環境が必要。仕事や対人関係は楽しくないと長続きしない」、「嫌だ、楽しくないというのが離職につながっている」、「去年、一昨年も結構締めつけ感が強かった。現場側も締めつけ感が多いと感じている」、「みまもりカメラは(職員を監視するための)監視カメラだとはっきり言われた」、「問題は現場の職員にあるという対応をされる」、「ルールは必要だが、あんまり締めつけられると反発が起きる」、「何で、現場ばかりこんなに言われなくてはならないのだ、という不満があった」、「管理側と現場側が、上下関係ではなくて、関係性良く仕事ができる環境が必要」という意見にみられるように、寮や園を管理監督する立場の職員と現場職員との意識に溝を感じている職員が多数あった。 (5)虐待行為や「不適切な支援」、不都合な事実を隠そうとする意識 今回の職員ヒアリングの中で、虐待行為や「不適切な支援」を見たり聞いたりしたことがあるかという質問に対して、一部の職員を除き、「聞いたりしたこともないし、直接見たこともない」と答えた。 また、職員ヒアリングでは、「利用者の怪我とかあっても、上がすぐに検証に入らない」、「カメラを見る権限は職員にはないから(検証できないし)、(伝えても)上は動かない。」、利用者の怪我があっておかしいなと思っても「上に言えないし、言える雰囲気でもない」、「言ってもどうせ動かないだろうなという期待の薄さがある」、「虐待通報っていうのは職員の中にも根付いていない、上司には言っていたけど上司が通報しない」などと述べる者がいた。 なお、寮や園を管理監督する職員は、いずれもせせらぎ寮における虐待ないし「不適切な支援」等の存在を否定している。その理由は、不都合な事実を知りながら、真実を明らかにし対策を取ろうとする意識が乏しいのか、あるいは、現場において発生している不都合な事実の存在を感知監督すべき責務を放棄しているのか、いずれかであると指摘される。 これらのことから、愛名やまゆり園において、虐待行為や「不適切な支援」などの不都合な事実について、適切な調査を行わない対応やそのような事実を外部に対して隠そうとする意識が、管理職職員も含めた職員間に存在していることが考えられる。 8 共同会の問題性 (1)指定管理を取ることを優先する運営姿勢 「指定管理を取りにいくために、業務が増えていく」、「利用者のための支援が、指定管理を取るための支援になっている矛盾は、現場の職員もみんな感じて、納得がいかないまま、何とか気持ちの折り合いをつけてやっている」、「虐待事案を受けての改善や、寮の入り口の開錠、コロナ禍から日中活動を再開する事前の準備、地域移行、意思決定支援、それらのことが、強く求められる場面が多くなってきた」、「意思決定支援では、記録を取ることがすごく多くなってきたため、その時間の確保が必要だが、虐待事案もあって、把握の時間に記録は取らないようにという話も出ているので、記録時間の確保が難しい」、「地域移行では、グループホームの見学に行ったり、地域イベントに参加したりとかあり、利用者のためになることは分かってはいるが、欠員がある中、少ない職員の中で1人出すっていうことの職員のやりくりに対する負担感はある」というような意見が、多くの職員から聞かれた。 しかし、法人幹部職員のヒアリングからは、「利用者のための支援が、指定管理を取るための支援になっている矛盾」については語られず、これらの問題に対する具体的な検討状況も把握できなかった。 (2)愛名やまゆり園の課題に対する取り組み状況 愛名やまゆり園の職員からは、「意思決定支援や虐待防止など、考えなくてはならない要素がたくさん入ってきている一方、職員体制自体が変わっていない」、「20名の利用者支援をしながら、個別で支援するのは難しい」、「職員の人数は変わらない。日中の支援を5名の職員で回してるので、なかなか行き届かない、というジレンマから来るストレスを感じている」、「本来だったら個室がみんなにあって、安全に過ごせる場所がありながら生活できてれば、行動制限も少なくなる」、「実際には4人部屋で生活している部屋があったり、過ごす場所が共有スペースしかない中で取り組むことは難しい」という意見が多数あった。 「老朽化についても、何回も言ってるが、結局県の建物なので、県に聞かなくては駄目だとなり、ずっと直らない」、「昔の監獄のように、居室の入り口が鉄の引き戸になっているところがあって、民間法人ならすぐ取り替えられるのに、県と相談して2年ぐらいたつが、いまだ変わってない」という意見があった。 このような職員の認識に対し、法人が現場職員の声に応えて環境を改善するために、課題に対する具体的な対応策を検討したり、施設設置者の神奈川県と協議したなどの事実は確認できなかった。 (3)虐待が報告されない、原因の改善がない 「虐待の相談窓口は、法人にも園にも一応あるが、活用されていない」、「虐待を見ても報告しない、報告できない」、「先輩がやったことを報告したら、『おまえが言ったんだろう』と言われかねない風潮が、現場には何十年もある」、「なぜ言えないのかを、法人、園、管理職が考えてほしい。そこが何も変わらなければ、また虐待が起きる」、「ただ上から書面で、全職員がもう一度初心に立ち返って、と通知するだけでは変わらない。それは通知する側だろという意見はある」と述べる職員がいた。 (4)職員のメンタルサポートがない 仲間の職員が逮捕され不安な時に、職員に対して法人のメンタルサポートがない。職員が変わるべきみたいなことしか言われない、と述べる職員がいた。 (5)法人の無責任な体質への批判 「この法人は、誰も責任を取らない。」、「問題が起きても、責任者の立場の人が処分を受けたというのを聞いたことがない。」、「津久井の事件の後にも総括がない。」、「役職者が何故役職者になっているのか基準がない」、「園ごとにやることがバラバラで法人が何かしてくれるということがない」などという意見を述べる職員が存在し、法人の無責任ともいえる体質に対して現場の職員からの批判や諦観が向けられている。 (6)小括 現場の職員は、法人が指定管理を取ることを優先し、現場の意見を聞いたり具体的な改善をすることを後回しにしていると感じていること、虐待を報告すると、報告者捜しが始まり、報復されることを怖れて報告できない雰囲気があるにも関わらず、それを改善する手立てを講じず、職員には精神論を諭されることに納得できないこと、職員のメンタルサポートがないこと、など、法人に対して不満が蓄積されていることが感じられた。 職員ヒアリングの結果や調査の間に行った法人の対応状況を踏まえると、共同会では、虐待や「不適切な支援」を組織として共有するシステムが機能しておらず、また職員のスキルや適材適所等を的確に把握する機能、法人として課題抽出や問題解決を図る部門、現場の支援をサポートできる専門性や責任を伴った機関が存在しないなど、福祉施設を運営する法人として致命的な瑕疵が存在するといわざるを得ない。 9 神奈川県の問題性 (1)かながわ福祉プラン基本計画の未達成 職員からは、「本来だったら個室がみんなあって、安全に過ごせる場所がありながら生活できていれば、行動制限も少なくなる。実際には4人部屋で生活している部屋があったり、過ごす場所が共有スペースしかない中で取り組むことは難しい」、「県の施設だから、建物を何とかするのは県の仕事のはずだけど、利用者の生活環境の改善は20 年間何もやっていない」という意見をはじめ、寮の個室化を求める意見が多くあった。 1991(平成3)年に神奈川県が策定した「かながわ福祉プラン・改定実施計画」の(参考)として掲載されている「かながわ福祉プラン基本計画」第1章地域福祉サービスの充実、2施策の方向、(4)地域に開かれた施設の整備では、「入所施設における居住環境を向上させるため、個室化などアメニティに配慮した施設整備を進めます」と記載されている。しかし、愛名やまゆり園は4人部屋を基本とした多床室を居室としており、現在もその構造が個室化されることなく放置されている。そのことが、現在愛名やまゆり園に入所している利用者に旧来の施設がもつ集団生活を強いている現実がある。その生活環境が、せせらぎ寮の「集団処遇」を前提とした生活につながる要因の一つとなっており、寮の支援の質の向上を妨げる要因ともなっている。県が自ら策定した計画にも関わらず、県立施設において個室化が達成されないまま放置されている。 (2)県直営施設で行われていた支援内容と影響の検証 現在の愛名やまゆり園は、県直営施設として昭和61 年1月に開設され、平成12 年4月から「社会福祉法人共同会」に運営が委託され、平成18年4月から指定管理者制 度に移行し、2期目を迎えている。 ヒアリング調査では、「県直営の中井やまゆり園は普通に施錠しているのに、指定管理施設が言われるのは納得できない」、「タンスに鍵をかけるのも津久井やまゆり園でも行われていたが、県直営の時代には、県職員が自前の手作り風の鍵をつくっていた」と述べる職員がいた。 また、「愛名やまゆり園が県直営の時代にあった鍵みたいな物があって、どうやって使っていたのかも知らないのに、県の職員が視察に来たときに、『何だ、これは』といわれ、園の幹部も、『まずいから外しといて』という話になって」、「県が自分でやっていたことを、後になって自分で指摘するみたいになって、だから行政に対してすごい不信感がある」と述べる職員がいた。 県直営から委託に切り替わった時は、「県職から引き継ぎを受けて、県職員がやっていた方法で支援を続けていた。それが民間になって、身体拘束や乱暴な支援をやめるよう県から言われるようになった」、「県立の施設の役割として、人が関われないような大変な行動障害の状態にある人たちが入所してくる中で構築された支援は、今思えば間違っていることがたくさんあるが、それは、われわれがつくり上げたものではなく、改善を言ってきている神奈川県の職員たちがやってきたことだという気持ちがある」と述べる職員もいた。 (3)神奈川県強度行動障害対策事業の総括 第三者委員会としては、元職員Xの虐待事件の背景要因として、せせらぎ寮で行われていた不適切な利用者支援があったと考える。しかし、それらの「不適切な支援」が漫然と放置されてきた原因は、法人における障害者支援に対する認識の低さが存在するとともに、神奈川県が直営施設で行ってきていた人権を無視した支援の実態について、県自体の反省の無さと責任を回避する姿勢、そして改善への取組の意識が乏しいことが指摘されなければならない。 そもそも、神奈川県は、愛名やまゆり園とともに、中井やまゆり園、津久井やまゆり園を実施施設と定め、強度行動障害対策事業を推進してきた主体である。神奈川県は、同事業を平成16 年4月1日に施行し、令和5年4 月26 日の「神奈川県強度行動障害対策事業の終了について(通知)」をもって終了した。その理由は、令和5年4月に施行された「当事者目線の障害福祉推進条例」の基本理念に則り、「これまでの取組内容などを改めて見直す必要があるため」とされている。 しかし、これまで県が、具体的な終了の理由や事業の総括を示した事実はない。 (4)小括 現在、指定管理者として施設運営を担っている共同会が、主体的に支援内容を見直し、改善する責任があることは当然のこととした上で、神奈川県においても、県直営施設であった当時の支援内容を検証し、「不適切な支援」の存在を振り返ること、そして、そのことが現在の指定管理施設に影響を与えていないかを明らかにする責任がある。 また、県強度行動障害対策事業の実施主体として、事業終了の理由を具体的に示すとともに、愛名やまゆり園のみならず、中井やまゆり園、津久井やまゆり園において同事業に基づいて行われた利用者支援を総括し、これらの施設で行われた虐待事案に影響を与えることがなかったのかを検証するべきである。 ? 第4 愛名やまゆり園に関する職員アンケート調査の結果と職員の訴えの状況 1 アンケート調査の概要 共同会では、厚木精華園や愛名やまゆり園で発生した虐待事案を踏まえて、各職員が支援や利用者との関わり方を振り返り、支援に対する考え方や職場等の問題を管理職員と共有することで正しい支援観を持ってもらうことを目的に全職員を対象とするアンケート調査を行った。 同アンケートは当第三者委員会のヒアリング調査等においても参照され、共同会職員の認識を把握する上で有用なものであるため調査と合わせて分析する。なお、本アンケートはその結果をもとに法人が職員の面談をすることを目的として記名式で実施されたもので回答者が特定されるものであったため、職員からの自由な回答となっていない可能性もある点は留意する必要がある。 アンケート調査の概要は以下のとおりである。 ア 対象 全職員 計756名 (正規職員396人、臨時的任用職員20人、非常勤職員340人) イ アンケート実施期間 令和5年11月17日〜令和5年12月1日 ウ アンケートの回答数 756通(回答率100%) ただし、質問ごとに理由不明の未回答がある。 2 アンケート調査の結果 (1)愛名やまゆり園の回答概要について アンケート調査の結果から以下の指摘ができる。なお、本中間報告段階では、共同会運営の施設のうち、愛名やまゆり園の調査を中心としていたことから、分析対象については、共同会全体の回答及び愛名やまゆり園の回答を対象とした。 (2)アンケート調査の結果の分析 ア 「虐待行為への認識と対応が不十分である。」 利用者の行動等に対して感情的になることがある・時々あると回答した割合は、共同会全体で37%、愛名やまゆり園で43%であった。そのうち6割超の職員が、業務が忙しいときであったと回答しており、業務の忙しさと感情的な行動との間には因果関係が認められる。もっとも、当該因果関係は一般的に予想され、共同会においては業務の忙しさを軽減する方策を検討すべきではあるが、注目されるべきは約4割の職員について、業務が忙しいときでない場合でも利用者の行動に対し感情的になってしまう職員が一定数認められる点である。法人においては、当該結果を踏まえ、感情的になってしまう業務の忙しさ以外の原因の究明と対策が求められる。 さらに、自分の感情に対処できずに利用者に対して不適切な行動(虐待の疑いがある行為)をしてしまったことがあると答えた人数は、共同会全体で36人、愛名やまゆり園で13人であった。 5つの施設を運営する共同会の中で36人中13人と約36%の人数が愛名や まゆり園であることは、愛名やまゆり園において不適切行動に至ってしまう原因の究明と対応が不十分であることを示していると思われる。 それ以上に問題と思われるのは、不適切行動をしてしまったことがあると答えた職員の中には、理由があるとはいえ叩いたり身体を押し付けたり等明らかに身体的虐待にあたる行為をしていた職員がアンケートの回答から把握できるにもかかわらず、同行為に関する共同会による虐待認定がなされているものは認められない。このことからは、共同会全体で虐待行為に対する認識とその対応が不十分であったことが疑われる。 また、周りの職員の利用者に対する行動(支援や関わり方)に疑問をもつことがある・時々あると答えた職員の割合が、共同会全体で39.7%、愛名やまゆり園で41.6%であることを踏まえると、特に虐待行為発見に至るプロセスに問題があるように思われる。 イ 「ストレスや疲労の蓄積が虐待につながる可能性があることについては周知、認識され、ストレス解消を意識的に取り組んでいる人は多い。」 職員(支援者)のストレスや疲労の蓄積は、虐待につながる可能性があることを知っていると回答した割合は、共同会全体で95%、愛名やまゆり園で96%とその認識の高さが窺われた。また、自分自身のセルフメンタルケアとして、ストレス解消等で気を付けていることや取組んでいることがあると回答した割合は、共同会共同会全体で76%、愛名やまゆり園で75%となっており、高い割合でストレスケアに取り組まれていた。 この点に愛名やまゆり園と共同会全体の割合とで差異はなく、ストレスそのものが愛名やまゆり園での刑事事件につながったものではないと考えられる。 もっとも、自由記載の中には、職員に対する法人のケアについて疑問の声をあげる内容が多く散見された。特に、幹部職員が現場の声を聴いてくれない、現場を見に来てくれないといった内容は複数見られた。この点は下記ウのようにやる気の低下に影響していると思われる。 愛名やまゆり園におけるヒアリング調査の結果、現在では本アンケートの内容を受けてか、ある程度改善も見られているようではあるが、再発防止という観点からは、余計なストレスを増やすことは絶対的に避けるべきで、職員が安心できる環境づくりは必須である。 ウ 「共同会全体と比較して愛名やまゆり園の職員は仕事に対してやる気を失っている人が多い。」 最近特に仕事にやる気を感じないことがあると回答した割合は、共同会全体で27%、愛名やまゆり園で37%であり、愛名やまゆり園の職員は共同会全体の割合に比して1割程度やる気を感じなくなっている割合が高い。 共同会全体でも3割近い高い割合で職員がやる気を失っていることは問題であ ると感じられるが、愛名やまゆり園では4割近くもの職員のやる気が失われており、その対策は急務である。当委員会のヒアリング調査においてもこの点は実感された。 この回答については愛名やまゆり園における一連の虐待事件が影響しているこ とは予想されるが、愛名やまゆり園の職場環境の改善は喫緊の課題であることはいうまでもない。 エ 「利用者に対する『不適切な支援』について話し合う機会は設けられている」 利用者に対する「不適切な支援」について話し合う機会があると回答した割合は、共同会全体で74%、愛名やまゆり園で81%であり、職員において話合いの機会については高い割合で認識されている。 もっとも、法人において複数の虐待事案が連続していることに鑑みると、上記機会を通じて、「不適切な支援」についての職員への周知やその対策が十分なされているかについては疑問を持たざるを得ず、上記話合いの方法や内容について、その実効力の検証が必要と思われる。 オ 「虐待に関する相談体制が不足ないし周知・機能されていない」 周りの職員の利用者に対する行動(支援や関わり方)に疑問をもつことがあった場合に、「モヤモヤするが、黙っている」と回答した割合は、共同会全体、愛名やまゆり園ともに18%である。そして、当該疑問を持つ行動を取った職員が自分よりも経験の長い職員であった場合に、「モヤモヤするが、黙っている」と回答した割合は、共同会全体で26%、愛名やまゆり園で30%とその割合が増加している。 多くの職員は、当該行動について何らかの方法で相談・伝達できているようであり、上記結果は、職員の性格によるところもあるかもしれないが、自分よりも経験の長い職員の行動になると黙っている割合が増えている現状からは、相談体制の不足か相談体制があってもそれが機能していない可能性が指摘される。実際、アンケートの自由記載の中には、相談窓口の見直しを提言する職員もいた。 カ 「同僚の間、上司部下との間でのコミュニケーション不足が見られる。」 上司や職員間のコミュニケーションが図られていると感じている割合(5段階で4〜5)は、共同会全体で63%、愛名やまゆり園で59%である。5段階で3と回答している割合が、共同会全体で29%、愛名やまゆり園で31%であり、コミュニケーションが図られていないと感じている職員の割合は少ないものの、約4割の職員がコミュニケーション不足を感じているようである。 もっとも、質問自体が上司との間とのコミュニケーションと同僚間でのコミュニケーションとを区別していないことからコミュニケーション不足がどういった関係の者との間で生じているのか不明であり、この点の検証は今後必要と思われる。 キ 「人材育成等人事に課題がある。」 本アンケートでは人事に関する質問事項はなかったものの自由記載において、人事的課題を挙げるものは多数いた。 特に多かったのは人員不足に関するもので、ゆとりを持った業務ができない結果、利用者に対してもやりたいことをやらせてあげられず、閉鎖的な支援になってしまっている旨の意見が見られた。既述のとおり欠員状態が慢性的に続いている現状に加え、支援の量が増えていることについて対応が追い付いていない状態が窺われる。 その他、研修等人材育成が不十分で若手をはじめとする職員が必要な経験を積めていない、各職員の適正な配置がなされていないなどの課題を挙げる職員も複数いた。 上記からすると、人材不足の結果、必要なところに必要な人員を当てることができず、さらに研修も充実していないために未経験の分野に当てられた職員が対応できず、利用者に対する十分な支援ができなくなる上に職員にもストレスが溜まっていく、場合によっては退職にまで至りさらに人材が不足するという悪循環に陥っていると考えられる。 今後の人員不足の解消は喫緊の課題であることは明らかであるが、人員不足の中でも適正な配置ができているのか、配置された職員の育成が図られているのかについてさらなる検証、対応が必要である。 3 自由記載欄から浮き上がる現場職員の苦悩 (1)本件アンケートは記名式ではあるが、自由記載欄に多くの記載がなされている。 その記載中には、法人幹部、あるいは園の幹部職員らが、真摯に意見を受け止めるべき貴重な意見も数多く見られる。しかし、これらのアンケートを実施した後に行った幹部職員らのヒアリング等において、職員の訴えや意見について危機感を持って受け止めていると思われる発言は得られなかった。 このような点からも、法人内における部門間のコミュニケーションの不全の状況は著しく、また、法人を運営する幹部ないし園を管理監督する立場の職員らが、本件事件をきっかけにして自ら職場環境の改善に真摯に取り組もうと考えていると受け止めることができない。 (2)職員の訴えの一例 ・寮の解錠、意思決定支援、日中活動など利用者支援の更なる充実を目指す一方で、業務量の増加が続いている。そのような背景もあるのか、共同会の仕事に魅力をなくして転職、退職といった話をよく耳にするようになった。このままでは退職による人材流出は防げないと思う。もし人材流出を防ぎたいのであれば魅力ある職場と は何か?と問う必要があると思う。 ・(本件の)責任をどこが負うのか気になる。一般的に考えると管理部署の管理職は責任を取るべきと思う。 ・配置される職員数が足りなさすぎる。 ・愛名の現況を理解できている人が、事務局内に果たして何人いるのか。 ・全て現場が悪いようなアンケートに感じました。虐待行為をしてしまった職員は当然悪いと思います。ですが、人員配置や職員数の少なさ等、現場は非常に苦しいです。 ・希望により園長面談を実施しています。以前より、現場の苦悩を相談してきました。現場職員は困惑しながら支援していることなどお伝えしてきました。「法人へ伝えておく」と話を受けましたが、それ以降説明報告等はありませんでした。後ろ盾がないまま、支援を行っている中で大きなストレスと不安を感じながら対応しておりました。どこまで親身になって話を聞いて頂いているのか疑問が残りました。 ・現場が抱えている利用者対応での困りごとを法人・園全体で解決してくれようとしているのか、いまいち現場に伝わってこない。現場の負担が増えている現状を本当に理解されているのか疑問に思ってしまうことがある。 ・愛名やまゆり園は、重度や行動障害の利用者さんを集めすぎて地域移行だったり意思決定支援などが行き届いていない状況は働いているとよく分かります。 ・まずは、「人としてどう人と接するのかというような当たり前のことを当たり前にする、そんなこと、わかっているよという人が一番わかっていない、その人が研修をバカにしなくなるくらいまでやるぐらい本気度を持って取り組まなくてはならない。そう思います。 ・自分の会社を誇りに思えない事が増えている。とても憤りを抱えている。自分は虐待をしたことが無いしする事もない。それなのにどうしてこんな仕打ちを受け続けなくてはならないのか。 ・ストレスを言い訳に暴力行為に至る事は論外であるが、現場の負担については、今一度上層部、特に現場支援を行っていない方々は考えてほしい。人員配置も十分に出来ていないのに、あれもこれもと手を広げてやれ、工夫は現場でしろ、と投げてくるのはあまりに酷くはないか。 ・現在の寮の現状はあまりに酷すぎ、精神的な疲労で心が摩耗するので正直退職も視野に入れている。耐えるにも限度がある。分かって欲しくて詳しく記録を書いているのにそれも見て貰えない。園長も部長も、一番大変な時は見てくれもしない。大変な時間が終わった時にきて、「平気そうだ」と言われてて、どれほど腹が立ち、やるせない気持ちになったか。現場の負担を変えない限りは、今回と同じような事件はいつかまた起きるのではないか。 ・困難な寮の対応について、園全体で対応していくような話し合いが2〜3ヶ月前にありましたが、実際に行動に移ったのが最近で、ヒヤリハットを何度も提出してもなかなか対応してもらえなかったという思いが、寮職員全員にあります。その間、利用者全員が恐怖を感じ我慢する状態で、人権(擁護)や意思決定(支援)が出来ていない状態が続いています。職員なども怪我人が複数出ている状態で、心身共に疲弊し、いつ虐待が起きてもおかしくない位追い詰められています。勤務したくないという声も多くなってきている現状で職員のストレスがマックス状態です。 ・毎月グループ会議をやっているが話したいことが話せない。日々話せていれば、会議で話すことは少ないかもしれないが、日々話せることも表面的なことで深くまで話せない。 ・人員配置に対して仕事量に無理がある。利用者が年齢等で変化があり、周りの若い利用者と同じ施設での生活には無理があり、法人施設間で今の利用者に合った施設への移動等検討して欲しい。 ・法人の代謝が悪く、同じ管理職の人が続けているとなかなか変わらないと思う。上の管理職が詰まっていることで中間層の意欲が失われ、他法人等に流れている現状があると思う。今後も待遇が悪くなることしか考えられない。何か対策が行われているのか疑問であり、このまま共同会で続けていくことに私も周りの職員も将来に不安しかない。 ・全体的にコミュニケーションが取れていない。管理職のワンマンの指示で取り組まれている。それぞれが上の上司の顔色を窺いながら仕事をしているように感じるので、働きにくい環境になっている。組織の立て直しが必要に感じます。 ・意思疎通、意見交換が上手くいっていないように感じます。意見を出してもそのままフィードバックがなかったり、出来ないなら出来ないなりの理由や代替案を相談できるなどの体制が機能していないように思えます。今回の件を受けて現場はすごいショック、疲弊していると感じるので、いち早い職員のメンタルフォローが必要ではないかと思います。 ・今回のこの事件については衝撃を受けました。おそらく私だけではないでしょう。しっかりと調査をして本人の状態状況を職場の仲間にも説明しないと何も変わらないと思います。そこまでの調査報告がないと時間の経過と共に「あの時、あんなことあった・・・」で終わってしまう。こんなことを繰り返しては、この法人は終わりです。 ・虐待の事案が続く中で、何故起こってしまったのかを是非検証して欲しいと思います。この状況の中でも腐らずに頑張っている職員がたくさんいると思います。法人とのやりとりでもありましたが、処遇で差をつけるしかないと思います。財源がないと言っておりましたが、結局そこにたどり着いてしまえば、こちらとしては何もいえません。志高い職員が離れていくのも時間の問題かと思います。 ・愛名やまゆり園は現場の職員では変えられない。変化が全くないと思う。 ・寮での対応について県職員に指摘された件で疑問に思うことがある。居室4人部屋で良いのか疑問に思う。寮はじめ、園内の職員のストレスが相当なものだと思う。 ・今回の逮捕事案を受けて、管理職が食事場面に不適切な支援がないかを巡回するという点も視点がずれていると感じます。管理職自らが支援の中に入っていくことも必要なのだと思います。津久井の事件の時もそうでしたが、今回も「特殊な人間が起こした特殊な事件」として片付けようとしている気がしてなりません。 ・愛名やまゆり園で起きた傷害事件の職員に対しての説明会の際に「悪いのは個の問題である」という趣旨の発言がありました。もちろん個の責任はあるとは思いますが、その発言は管理者としてどうなのかと思いました。上の人が各課の状況を把握していない場面が多く見られていると感じています。 ・今回の件については、単純に現場で働く「個人」にだけ過ちがあったと考えるのは違うと思います。その背景に働く環境含めて虐待に至らしめてしまった原因を多角的に検証しなければいけないのではないかと思いました。現場を司る人事含めて今回の事件について検証・改善しなければ、同じようなことが繰り返されてしまうのではなかと思います。 4 小括 本アンケートは職員の面談を目的としたもので、その質問項目も本委員会の調査に必ずしもそぐわないものではある。 しかしながら、本アンケート結果から浮かび上がる共同会及び愛名やまゆり園の問題点は、虐待を含む不適切支援に対する相談体制や実効力の欠如と法人内のコミュニケーションの不全であり、また現場の職員の多くが限界を感じながら必死で日々の支援に臨んでいる実態である。 さらに、本アンケートの結果を園全体あるいは法人全体で危機感を持って受け止めているとは言えない現状が依然として続いていることは指摘されなければならない。 ? 第5 支援現場における虐待の原因と再発防止策 本章では、法人幹部及び管理職を含む職員ヒアリング、法人内の各種資料並びに支援記録等の確認を踏まえて、共同会の支援現場の問題点及び再発防止のために必要となる施策について指摘する。 1 原因部分 (1)身体拘束を含む虐待に対する認識の曖昧さ 前述のとおり、令和5年度までの間に、愛名やまゆり園せせらぎ寮内において、身体的虐待を含む各種の虐待行為の存在が把握された。 また、共同会では、令和2年に56件の身体拘束が認められ県庁に報告をしている。しかし、今回のヒアリングでは過去を遡っても法人全体の虐待行為に関して、多くの職員が口をそろえて「虐待行為はない」と話していることからも認識に矛盾がある。 身体拘束については、切迫性、非代替性、一時性という3要件に該当するかどうかを判断し、身体拘束を実施した際には記録を残すという事ができているとは認識できず、「身体拘束を含めた虐待行為が存在する」と判断せざるを得ない。 虐待の認識について、職員によっては、「入所施設での支援の1つのステップとして身体拘束、施錠についてある程度、必要性がある」「拘束的、抑止的な支援をすると利用者が落ち着く」と認識している職員もいる。「利用者がパニックになった際には刺激のない部屋(環境)で施錠をして個になる時間を作り冷静になってもらう。そのようなことで利用者が自身でクールダウンする習慣を身に付ける環境も必要」というような発言がヒアリングにて聞き取れた。 つまり、障害特性によりパニックを起こした際には、行動制限や行動抑制をすることが支援として必要であるというように、虐待に該当する行為に関する理解がされていないため、行動制限などの身体拘束は虐待ではないといった誤認識が生じている。また、対応方法についても、本来はパニックの状態にならないようにどのように予防していくかを考えて支援していくことが大切であるにも関わらず、事後的に行動障害に対応することが専門的な支援であると誤認識して対応を続けている現状がある。 (2)研修体制の課題 研修の状況を見ると、法人が企画するもの、各園が企画するもの、各寮内での勉強会などが存在し、外部研修への機会なども与えられているようではある。 しかし、各研修の受講は虐待防止研修やハラスメント研修、事故不祥事防止研修などを除き、園内の職員数に比して受講者が多いとはいえない。虐待防止研修などは必須であるとされているが、前述した虐待の存在を踏まえれば、実際に当該研修が虐待防止に直結しているとは認めがたい。また、現場職員にとって日常の支援に役立つ種類の研修については、受講している職員数は限定的である。 さらに研修テーマについては人間関係、コミュニケーションスキル、ハラスメントなどに関する研修はあるが、現場で必要な支援技術に関する研修は少ない。研修の内容のバランスが良いとは言えず、実際の支援現場への効果測定も明らかとなっていない。職員は、「研修については役に立つものもある」というが、その研修を受講した職員からの伝達が行き届いていないため、「こういう研修を受けている人はいますけどね」という発言もあるなど、研修の内容が現場に活かされているとはいいがたい状態である。 (3)アセスメントの課題 利用者個々人のアセスメントシートが作られており、個別支援計画と共に毎年更新されていることは評価できる点と言える。 しかし、内容を確認すると支援度の高い低いにかかわらず障害の特性に関する事項や利用者支援の留意点などの情報が不足している。また、ヒアリングにおいて利用者をどのように把握されているか口頭で尋ねると、入所に至った理由や普段の様子から見られる行動の特徴などを説明できる職員もいたが、具体的な回答ができない職員も散見され、他の職員がどの程度まで把握できているかの詳細は確認できていない。 (4)記録の不備 支援記録については、職員が日誌を入力すると自動的に支援記録などに反映される仕組みのようであるが、職員によって記録の書き方も含め、さまざまな状態であるほか、職員によっては「個別支援計画のとおり支援した」といった記載が続くなど、記録の意味を理解していない形だけの記載が散見された。また、記述内容に関しても支援における課題やそれに関する対応が記載されていないために、今後の利用者支援に生かせないものになっている。 (5)支援手順書等 行動障害の状態にある利用者については特に必要とされている行動問題などに関する支援手順書が作成されていない。そのため、利用者がパニックや不穏な状態になってしまった場合においては、職員が場当たり的に対応したり、強い言葉で止めるという「不適切な支援」が続き、結果、利用者が職員の顔色をみて静かにしている状況になっていく。それを「利用者が職員のいう事を聞いている」というように職員が誤学習しているのではないかと分析している職員もいた。 職員ヒアリングでも「行動障害に対する専門的な知識をどのように体系づけているのか」という質問に対して「相手から近づいてきた時や訴えについても流す、関わらない。『ちょっと待ってて。聞いてきます』のように。勝手に自分で対応してしまうとそれがパターンになったり、次の行動に広がってしまったり、自分の時だけそのような行動が表出されても困るのでそのような対応ですね。」というように個々の職員がバラバラに対応している状態である。また、支援マニュアルはあるか、という質問に対して、全体的な物はなく、個々人によってはあると回答しているが、委員が確認した限りでは、障害特性に応じた細かな対応の手順書のようなものは確認できなかった。 「職員によって対応が違うのは当たり前であり、大枠の中でこれ以上はやっちゃ駄目というところは、対応しないみたいなところは決めている。」というように、職員が変わると対応が変わり、その結果、利用者が混乱する可能性があることを認識できていない状況である。 (6)実際の支援について 個々の利用者に関する統一した支援がしっかりと確立されておらず、個々の職員任せになっている。多少の行動制限は許容されると職員側が考えている。非常勤職員も含め会議を開いて困難な支援について話し合い、支援方法を検討するシステムができていない。会議が開かれ話し合ったとしても結局人がいない中で起きてしまったトラブルは仕方ないと言った事で片づけてしまうようなこともある。 さらに、「慣れている職員だと支援や業務を回すのが早いため、流れ作業的にやっているように見られることはあった」などと話す職員も複数おり、職員の都合に合せて支援を行っている実態も見受けられた。 (7)コミュニケ―ション不足 かつては誰がいても、誰がやっても同じ支援ができるようにと「統一した支援」を心掛けていた時期もあったと話す職員もいた。しかし、人員不足や変則勤務などにより引継ぎや日頃の情報共有が職員間で不足することが増えていったことや、課同士のコミュニケーションについては、ほぼないとヒアリングから聞き取れている。 また、自分よりも経験の長い職員に対して疑問を持っていても「モヤモヤしても黙っている」といった回答がアンケートで多かったことも事実である。また、コミュニケーション不足については、職員間のみならず園の上司、さらには法人本部とのコミュニケーション不足もあり、現場でチームを作り、他の寮との情報共有や上司から指示を仰いだり、相談できるという雰囲気も不足していたと感じている職員も確認できた。 管理職と現場とのコミュニケーション不足が伺える内容として、管理職から「こうやればできるでしょ」と具体策は提示されず、理想だけ指示されることへの不満があることが指摘される。 県からも同じように「法人に指示され、それをそのまま現場に落としてくるという事がある」、「素晴らしい到達点ではあるが、一気に到達点を目指すみたいなところがある」、「まずはここまでやりましょう、みたいな実際の事例や、こうやったらうまくいきますよという支援方法などが現場に下りてこないのに、今すぐそれを改善しろと言われる」、「今日からいきなり何々してはいけませんよ」というようなことを急に求められて現場は混乱しているという声も複数聞かれた。 (8)バックアップ体制とコーディネートの課題 職員がSOSを出していたが、上司のバックアップ体制が不十分で機能せず、本人の頑張りや現場での対応に委ねている場面が多いと語る職員もいた。そもそも職員の人員配置の時点で配慮が必要であったにもかかわらず、できていない。寮の利用者の特性や職員との組み合わせなどに配慮が必要であると思われるのに不十分であると考えられる。 (9)他の寮、他セクション(看護課)、寮全体での連携 日中の活動や余暇の活動など他の寮との連携がなく、トラブルが起こった際も寮内の職員のみで課題解決をすることが中心であるため、行詰まってしまった場合の打開策が見出しにくいほか、施設全体での共有ができていたかも不明な状況である。 今回の事件につながった背景には看護課との連携の課題があった。ヒアリングでは他の施設では看護課の発言がやたら強く、愛名やまゆり園では看護課との上下関係は感じなかったと発言する職員がいる一方、元職員?は看護課からの依頼でストレスを感じ、行為に至ったと発言している。 (10)本件事件後の法人の改善施策について 法人では、元職員Xの事件を踏まえて、人員不足を補い他課の職員の応援を得やすい体制を取るために、愛名やまゆり園の職員全員にインカムを導入した。 インカム導入の結果、利用者の急変時の応援要請ができたなどの意見はあった。 しかし、多くの職員はインカムの導入により、支援現場の苦労が改善されたとの印象を抱いている様子はなく効果について実感できていない。 また、前述したような根本的な支援上の問題性については、抜本的な対策が講じられたと認められる実態はない。 2 再発防止に向けて (1)具体的な再発防止策・改善必要項目については法人内で検討されるべきことであるが、今回のヒアリングを通じて県からの指摘に対して、いわば場当たり的に対応策を講じてはいても本質的な改善に至っていないことを踏まえて、第三者委員会として再発防止に向けて必要と思われる事項を次のとおり提案する。 但し、これまでの不祥事事案が発生した際の県や法人の対応を見ると、県から指摘されたことに対して、法人幹部も園長など管理職も、現場でどのような対応が必要かなど現場と協議せずに県から言われたことをそのまま現場に押し付けているだけ、と感じている職員も少なくないなど、問題は根深いと言わざるをえない。 そのため、仮に以下の改善項目を抽象的に現場(各園)に伝達するのみで、その後は漫然と改善状況の確認をする、といった対応に留まる場合には、これまでと同様に適切な改善が図られるとは考えられない。共同会の各現場における支援の根本的な課題については、法人自体が自らの手で大きな構造改革を実施しなければ現場は変わっていくことはない、という事を付け加えたい。 また、次のような再発防止策・改善必要項目は、福祉施設として当然に実施されていなければいけない事項であることはいうまでもなく、そのような基本的な項目が実施できていない現状を法人自体が危機意識を持って受け止める必要があることも付言する。 (2)具体的な再発防止策・改善必要項目 @ 虐待防止委員会、身体拘束適正化委員会の活性化 愛名やまゆり園では、障害者虐待に該当する行為や正当な理由のない身体拘束に該当する行為に対する職員や寮や園を管理監督する立場の職員の認識が極めて不足していることが明らかとなった。また、そのような行為の実態に対する把握が全くできていないこと、把握した場合、その事実を明らかにすることに対する消極的な姿勢があることが明らかとなった。運営基準で設置が義務づけられている虐待防止委員会、身体拘束適正化委員会が機能していないためと考えられる。園長、支援部長だけでなく、法人自体も先頭に立ってこれら委員会の活性化を図ることが不可欠である。 A 虐待通報義務の徹底 障害者虐待防止法においては、障害者福祉施設従事者等による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者に、市町村への速やかな通報を義務づけている。愛名やまゆり園せせらぎ寮では、職員が虐待を寮や園を管理監督する立場の職員に報告したにも関わらず、園側が通報義務を果たしていなかったことが明らかとなった。通報は、そもそも施設を通して行わなくてはならないものではなく、虐待の疑いを発見した職員に課せられているものである。上司に報告した場合でも、適切に通報がされない場合、職員が個人で通報することを職員に徹底すること、その場合、通報した職員に対して園や法人は不利益な取り扱いはしないこと及び通報した職員を守ることを職員に周知徹底することが必要である。 B 職員間の申し送りや情報共有の徹底 勤務形態が違う現場での情報共有について、共有すべき内容の精査やフォーマット等を作るほか、課長以下、現場職員のやり取りを常に把握していく仕組み作りが必要である。 C 障害特性に関する知識を得る研修の実施(非常勤職員も含めて) 過去にも虐待事案があり、横浜にある法人職員や個人から行動障害の状態にある利用者の支援に関するコンサルテーションを受けているが、それが現場で活かされていない状況である。研修やコンサルテーションが支援現場で活かされないのはなぜかを園として検証していく必要がある。組織的に古い体質がずっと残っているのではないかと感じる職員もいる中で、強度行動障害支援の根本的な見直しが必要である。 D 会議などによる支援方法の検討と手順書や支援マニュアルへの落とし込み、パニック時の対応の検討 利用者個々人の対応を現場でどのように実施しているかをそれぞれにまとめ、障害特性に引き付けて、その支援が果たして有効であるかの検証をおこない、現場での支援手順を確立するほか、課として利用者の支援マニュアル作成に取り組む必要性がある。「マニュアルや手順書があってもその通りにはならない」という声もヒアリングから聞かれているが、それぞれの職員が自分のやり方で支援している現状では説得性に欠けるため、統一した支援ができるようになるために手順書やマニュアルの作成は必須である。 E ヒヤリハット・事故報告の活用 ヒヤリハットや事故報告は福祉現場であれば当然実施されていることだが、書かれているだけでは効果が上がらない。特に虐待の報告が上がらない、原因の改善はない、虐待の相談窓口はあるがなぜ言わないのかを考えなければ、同じようなことがこれからも起きるだろうと推測できる。ヒヤリハットに限ったことではないが、小さな出来事をしっかりと受け止め、それを検証することを系統立てて実施することが求められる。 また、「ヒヤリハットを作成しても管理職が見ていない」、「何の反応もない」などの職員の声もあり、現実的な活用の仕組みを見直し実践する体制構築が不可欠である。 F 職員のメンタルサポート体制の整備 これまで事件が発生するたびに職員は上からの指示で今まで許されたことが突然許されなくなったり、そのために利用者が混乱したりして対応に追われている。それ以前に強度行動障害支援が定着していないことによっても職員が疲弊していることが伺える。このような状態のまま職員が勤務することは職員、利用者双方にとって良い状態ではないため、心理職を配置するなど職員のメンタル的なサポートをすることも必須である。 G 研修内容の見直し 現在実施している研修内容を管理職や現場職員が必須で受講するものや任意で受講するものなど、系統立てたものへ刷新するとともに、受けていない職員が見受けられることなどから受講者の調整や、個々人が自身の将来ビジョンを立てた上で研修計画を策定するなど人材育成計画とリンクさせた研修内容へと見直すことが必要である。 H 適切な記録と保管および共有 日々の記録については「個別支援計画のとおり支援した」という文言が散見され、個別具体的な支援の内容や利用者の様子、対応等が記載されていないため、どのような記録が求められ、必要であるかなどを職員間で検討した上で「適切な記録」を作成していくことが必要である。 I 職員個人や現場職員のみに委ねるのではなく、組織として支援にあたる方針転換とバックアップ体制の充実等 多くの職員から、現場の支援に関して県から言われたことを法人として園に伝え、園としてもそれを現場職員と調整検討せずに現場職員に委ねている、との発言が聞かれた。このような指摘は、支援の改善等が場当たり的になり、現場の負担だけが増加していくことから適切な状況とはいえない。現場職員と役職者、園長などとの日頃からの連携、バックアップ体制を整えておくことは必須である。 J 施設内他部署(医師、看護課や他の寮など)との連携 医師や看護師との連携については同じ利用者を支援するチームの一員として協力関係を保ちながら意見交換ができるようにしていく必要がある。現場職員レベルではその調整が難しいようであれば管理職がそこのパイプ役を担う等、どのような方法で風通しを良くする方法を検討する必要がある。また、医療スタッフとも日頃より利用者の状態の共有をおこないながら、例えば、利用者の状態によって受診に行かれないなどの場合はどのようにバックアップするかなど双方での譲歩も含め検討しておく必要がある。 さらに、他の寮との連携については、その日の出来事などの報告事項の他、日中の過ごし方や職員同士がコミュニケーションをとれるよう細目にやり取りができるよう組織として確立しておく必要がある。 K 適切な人材マネジメント(知識、経験やスキルに応じた配置基準) 「適材適所」という言葉のとおり、現場職員については支援スキルに見合った配置を行い、その現場を支える役職のつく課長以下の職員についても、利用者や職員に対するきめ細かな視点を持てる人を配置することが必要である。どの階層の職員がどのような業務をするのか、園全体でも委員会を作って様々な検討をしているようであるが機能していないように見受けられるため、その委員会の機能についても再考が求められる。 L 現場職員が法人幹部を含む管理職に相談できる環境の整備 法人運営を担う部署に福祉の専門知識を持った人材が配置される必要がある。現法人理事長は福祉業界での経験がある専門家であるが、理事長以下の体制として福祉業界経験者が役員に少ないため、障害福祉経験者などを積極的に役員に起用し、現場の状況を適切に把握し、支援できる体制を構築する必要がある。 なお、経営面、財務面、人事面などに関しては、専門的な意思決定ができる体制を整え機能強化を図ることも合わせて求められる。 ? 第6 共同会の問題点 本項では、過去及び現在の役職者を含む職員ヒアリング、法人幹部のヒアリング、経営上の課題に対する報告、財務諸表の分析等から、共同会全体の運営上の問題点を検討分析する。 1 職員の欠員補充に対して解決策を見いだせないままの運営 職員ヒアリングの結果、法人上層部からは寮の入り口の開錠、意思決定支援、地域移行など新たな施策を行うよう求められる場面が多いことに対して、現場の人員体制は 欠員やその応援対応に追われ、時間を確保することが難しく負担感があるとの声が多 くの職員から上げられた。 法人の正規職員だけでも30名の欠員が生じており、中でも女性職員についての欠員は深刻で多年度にわたり欠員が続いているが、幹部からは充足することはできない、難しいと思っているという発言が複数あった。 こういう認識がありつつもそれを打開するための採用策の検討はおろか、予算の確保もされておらず、職員採用のための年間予算は300万円ほどと、法人規模からすれば低額であった。その理由も「採用できないから予算を使うことがない」と改善とは逆行したものであり、実現したい支援とそれを実現する現場人員の意識のギャップは大きく、現場の職員の負担感だけが増えていることを多くの職員が指摘している。 人員の不足の問題に対して、法人幹部は危機感を有しているとはいいながら、何ら改善策を打ち出せていない。法人幹部からは「今は業界自体が人員不足だから、人がこない」といった認識が示されているが、このような発言を法人幹部が行うこと自体、自らの責任を放棄する態度であり、人員不足のために何をするのかの具体的解決策を必死で実施しているかどうかすら明らかとなっていないのが現状である。 2 役割が不明瞭で責任があいまいな組織 (1)現場職員からは「上に何を言っても無駄」「何を言っても変わらない」「上の人は一切責任を取らない」など上司に対する諦めや失望が見て取れた。 これらの背景にあるのは、どの役職者が何をどこまで行うのか法人として決まっておらず、園ごとに曖昧で共通認識にも乏しい状態であるがゆえに、問題が生じると責任をもって解決を行う者がいないこと、各役職者が察知した問題や報告を受けた問題を相談や報告すべき上司に伝わらないことにより、役職者自身の無責任な姿勢が放置され続ける結果となることが挙げられる。 (2)元職員Xの行動についても「利用者に暴力を振るっているところを見た」「結構キレやすいところもあった」「行動障害の人を見る時の目つきが怖い」「そもそも(福祉支援の現場に)向いてない」「職員とけんかをして机を叩いていた」などの職員からの発言があったが、法人や園を管理監督する職員らは把握していなかった。職員間あるいは役職間のコミュニケーションは乏しく、日常的な支援の状況を寮長、課長、部長、園長が把握できない組織の体制が、相互の信頼関係を構築できない一因といえる。 (3)事件の一要因となった看護課と支援部の問題は、組織図上は支援部長が解決する実行者であり、園長が責任者、理事等が最終責任者であるが、ヒアリングではいずれの者からもその責任に対しての言及もなく、だれが何をやるべきだったかという認識も薄かった。 (4)またタンス施錠や居室施錠については、新しく就任した支援部長から園長が報告を受けて発覚したなどという発言が聞かれたが、前任の支援部長は各種施錠のことを知っていたのかすら確認が行われていない。このような例からも園長あるいは支援部長の役割があいまいな故に責任を問われることがなく、幹部としてどういう姿勢でいたかと問うても、「施設内の巡回がコロナでできなかった」「コミュニケーションが少なかった」「任せていた」などと言うのみで、本質的な原因分析を行おうとしたとの発言はなく、責任を持って対応しようとした様子すらない。 せせらぎ寮で発生していた過去の虐待行為について、当時、園を管理監督する立場にあった職員がいずれもその事実を把握していない、あるいは仮に知っていたとしても何らの対応もしていなかったことは前述したとおりである。 3 専門性にかける運営 (1)前述第3で指摘したとおり、1)「集団処遇」を基本にした「強度行動障害」の対応、2)圧力による利用者コントロール、3)「ダブル勤務」による対応方法の強化にあるように、法人として支援の質を管理し、向上させる体制がなく、支援内容の確認は、園長からの報告のみで、法人が支援内容の実態をチェックし、専門性を保つ組織運営ではない。 このような状況を生んでいる背景には、人事部門の問題として、各役職者の人材要件が作られていないことがあげられる。 どのような能力、知識、スキルがあるものをどの役職者とするのかが決められていないため、その役職者が適切に職務を行えるのか、フォローが必要なのかが明確になっていない。配属・異動は、要件が定まっていない中で行うので、その職員の配属や役職就任が適切か判断する情報には不足が生じており、「巡回していたが施錠はわからなかった」という管理職としての適性に乏しい園長、支援部長が生まれ、且つ要件の基準がないので是正もされない。 役職者の要件を満たさない職員がいても、組織体制上配置せざるを得ない場合はよくあることだが、それを踏まえての組織体制の変更やより細かな状態の把握、フォローなどもなく、配置した後の人事管理が、園任せになっている法人本部の人事の責任は重い。 (2)また人員不足が続いていたにも関わらず、採用は年に1回(現在は年に4回)、初期接点から各種試験などを行い合否の決定まで1か月以上の時間を要し、実際は応募者が毎年 100 名以上存在しているにも関わらず、旧態依然とした時代に合わない採用手法を続けたため、辞退者が8割を超えていた。 このような事態に対して、「施設で事件があったから」、「福祉業界は日本全国どこも人がとれない」、「予算がない」、「採れるなら予算はかける」、「採れる方法があるなら知りたい」などと幹部が外部要因に原因を転嫁し、法人の問題点と向き合おうとしていなかった。経営の最重要課題としての認識が希薄で、年間 300 万円程度しか採用広告費にコストを使っていない人事部門や、そこに資源を集中させられない法人幹部の専門性は、年間40億円以上の売り上げがある大きな法人としては極めて低いと言わざるを得ない。なお、一般的な企業・法人では、人員採用にかけるコストは一人当たり80 万円から100 万円とも言われており、共同会の採用コストはあまりに低く、本気で人員不足を解消するつもりがあるのか疑問無しとはいえない。 財務面では「県から土地を買うように言われている」ことが前提となっており、「予算がない」「赤字が続いている」「純資産が減っている」「積立金も積み立てられない」などの資金がないことに関連する発言が随所にあったが、どのような要因で赤字になっているかという問いに対しては、「秦野(精華園)が赤字」「利用者が減った」などという抽象的な回答にとどまっており、より具体的な要因やその解決策は作られておらず、そればかりか「毎月予算に対する実績確認は行っていない」との説明を踏まえると基本的な財務改善をする専門性が欠如している。 このような財務的な把握や改善をすることができていないことにより、現場支援への人材確保の予算や経営でのアクションに対して漠然と赤字だからできない、という結論に硬直化しており、改善が進まない一因となっている。 4 法人における課題対応の実例 職員ヒアリングにおいては、本件虐待事案のきっかけとなった看護課との関係の困難さや受診対応の負担などを訴える声が多数聞かれた。 欠員が多く余裕のない中で支援をしている職員からは、「医師が寮内に往診に来てくれれば、個別支援の時間が増える。」、「せめて精神科の受診だけでも寮内でできないかと思っている」、「寮にいるときの利用者さんの様子を医師には診て欲しい」、「他の園では寮に往診にきてくれると聞いた。なぜ愛名やまゆり園だけ往診にならないのかわからない」「せめて理由を説明して欲しい」などと訴える職員が多数存在した。 これらの課題に対し、これまで法人幹部は問題点として把握をしていなかった。 看護課職員からは、医師等への働きかけを行ってはいるものの、常勤看護師の人員が不足しているため往診への人員配置が極めて困難であること、カルテの電子化などの対策が全くされていないため往診体制への移行に物理的な障壁があること、診療室での受診は外部医療機関への受診のトレーニングだと教えられてきたため変更するべきはないという意見がある、などの指摘がされた。 愛名やまゆり園では、これらの問題に対して、担当医師ら、看護課などとの調整が試みられ、一部診療科の健診を寮内で試行するといった対策が取られはしていた。 しかし、園内の情報伝達が不十分なため試行が上手く実施できなかったり、一部の担当医師らからは往診について強い拒否が示されるなどしたとのことであった。また、往診に前向きな医師も存在するが、医師の来園時間帯や他の医師との日程調整の問題、看護課の人員不足による業務配置上の問題から、現時点では往診対応を取ることが物理的に困難であるとの方向性が示されている。 この結論に対して、法人は、法人等が同席の下で現場職員と看護課職員との協議の場を設定しようとした。しかし、このような問題は現場の職員による協議によって解決することは極めて困難である。本来であれば、組織として、法人幹部あるいは園の管理職が自ら職員らに対する説明や意見調整を行い、課題解決のための具体的なロードマップを示すなどの対応が必須であるところ、法人によるかかる対応は見られない。 このような実例を踏まえても、共同会では、現場の職員の声が法人に届かず、課題が発生した場合の責任を取るべき立場の者が存在せず、課題はうやむやのまま放置される体質が見てとれるのであり、その問題性は根深いものと言わざるをえない。 ? 第7 結語 1 調査の中間的まとめ (1)共同会は全体的に常に欠員状態が続いている。愛名やまゆり園でも現在多くの欠員があり、加えて病欠者が多い。虐待が起きたせせらぎ寮にあっても 12名の職員のうち3名が欠員であった。このことが現場の支援を困難なものにしている。 こうした状況はせせらぎ寮のみならず共同会全体の問題として本報告書でも随所で指摘している。現場職員も幹部職員に指摘しており、幹部職員も問題を認識している。改善の努力をしていると法人幹部は言っているが、効果的な採用努力は行われていない。そのためこの欠員状態は、続くものと思われる。 (2)研修や委員会は外見上整っている。しかし数年の間に連続して虐待が発生し援護自治体から虐待認定も行われている。そのたびに改善報告を県にあげているが、改善の効果がでていない。結局、過去の虐待について真摯な反省と検討が行われていない。虐待は一部非行職員が行った行為であり、法人は迷惑を被っているという姿勢が散見される。 (3)元職員Xの件で言えば、過去にせせらぎ寮で虐待が起きたことを彼自身が書類に書かないし、ほかの職員にも報告していない。前記第5でも指摘しているが、概して愛名やまゆり園の記録は簡潔なものが多く、実際に起きたこととは違うものもあり信用できない。したがって支援現場でなにが起きているのか記録によって実際には把握できない。また外部の人間が寮内を見学することに職員が消極的であり、食事介助などを含む支援の現場を見ることができなかった。施設の閉鎖性を示すものである。 (4)管理職はトップダウンで、職員の支援方法に問題があると思っている。たしかに一部職員の支援方法は旧来の抑制的・威圧的なものであり、改善されるべきものである。しかし職員側は幹部職員が現場の苦労を知らないと思っており、対話が成立していない。現場職員の中には、行動障害の人は身体拘束が必要であると考えるものがおり、現在、県の指示でそれを止める方向になっているが、そのことで現場は困っていると答えている。つまり、拘束をして動ないようにすることが良い支援の在り方であるという古い支援観念を持っている職員が無視できない数で存在している。 そうした中で、意思決定支援をせよと管理職員が言っても、現場職員は反発するだけのことであり、かといって現場職員からなにか違う支援の工夫を考える機運も見えない。ヒアリングからもアンケートからも、「あきらめて」ただ日々のマニュアルにそった支援を漫然と繰り返している様子が伺われる。身体拘束や抑制にたよらない良い支援はこれだというような手本を示すリーダー的職員が出てこない。 (5)職員のヒアリングでは、元職員Xの虐待以外に、虐待や「不適切な支援」を見たり聞いたことがあるかという問いに、「ない」と答える職員が多かった。しかし、令和2年に 56件(記録は 44件しかなく、この点は再調査が必要である)の身体拘束が県に報告されており、元職員Xの新聞報道にあった虐待以外にも虐待はあったと判断せざるをえない。また、せせらぎ寮については、元職員Xの虐待以外に、居室施錠、タンス施錠、寮の玄関施錠、電気コンセントのカバー封鎖などが続いた時期が近年まであり、玄関施錠については現在でも続いている。さらにせせらぎ寮では複数の職員が虐待行為を行っており、管理職もこれに気が付いていた可能性が高い。前記第3で指摘された過去の10数件の虐待行為は事実であると我々は認識し ており、法人がこれを看過していたとすれば由々しき問題である。法人は、これについて、被害者を特定して虐待通報を行うべきである。また令和1年の虐待案件や令和2年の虐待案件についても、公表されている事案であるにも関わらず職員からの言及はなかった。このように職員が他の虐待を見たことも聞いたこともないと反応するのは、職員の虐待に対する認識が甘いと言わざるをえない。つまり虐待があっても虐待だと思わない職員体質がある。 また管理職もこれに気が付いた場合、隠蔽する方向で動いている可能性が高い。上司に職員が相談をしても事実確認がなされないのであきらめる職員がいる。せせらぎ寮で令和3年から4年にかけておきた職員の半数の異動は、管理職がせせらぎ寮の支援を改善しようとした(つまり虐待に気が付いていた)側面とそれを隠蔽しようとした両側面がある。 (6)元職員Xの事件で浮き彫りになった支援現場と看護課との関係については、うまく対応している職員がいるものの元職員Xのように対応できない職員も存在している。看護課の在り方を改善する必要があるが、現在、改革途上である。 (7)法人組織運営の不具合がある。重要な人事記録が1年で廃棄されたり、あるはずの書類が見当たらないなど、組織としての書類管理が他の法人ではみられない運営が行われている。さらに財務上も赤字であると幹部職員は繰り返すところ、確かに令和元年から3年度は赤字であるが、令和4年度の決算では共同会全体で黒字に転じている。令和5年度決算で再び赤字になっているものの、愛名やまゆり園は黒字幅が他の園に比べて大きい。これらの財務状況については明確な説明がされず、法人として適切な財務分析が行われていないことが伺われる。 (8)結論 現状では、愛名やまゆり園で個々の利用者に対して意思決定支援も含めて適切な支援が実施できるか、疑義がある。また法人内の意思疎通ができていないので、これを改善するのは容易ではない。 なぜそうなるのかであるが、一番の原因として、過去の虐待事例に対して真摯に向き合って来なかったことがあげられる。たびたび反省と謝罪を繰り返しているが、事実関係は不明のまま、あるいは事実誤認だと主張し、声をあげようとする職員に対しては懲戒処分の威嚇まで行い、法人全体の意思疎通をはぐくむ努力をしなかった。法人全体に隠蔽体質が蔓延しているというべきである。この状態での改善は難しいと言わざるを得ない。それでもあえて次の改善提案を行う。 2 改善提案 (1)現状の職員数に見合った利用者数にしていく 職員の採用には法人側も努力をしているようであるが、効果がでていない。 そこで当面の方策としては、職員数に見合った利用者の減員を考える必要がある。厚木精華園ではすでに減員を始める方向で法人は考えているようであるが、愛名やまゆり園でも減員を考えるべきである。指定管理の施設であるので、これには県の協力も必要である。 現状の職員数に見合った利用者数にしていくための改善例として、次のような取り組みが挙げられる。 @新規入所・短期入所の停止 現在、3か月の新規入所を停止しているが、短期入所は受け入れている。しかしこれは指定管理施設であるとの性格上、県の責任が大きく法人としては県に積極的に長期も短期も新規受け入れの停止を呼びかけるべきである。また、県もこの方向で法人に協力をすべきである。 A利用者の他施設への移動促進 前項の例示と同様で、現在の欠員状態を勘案した改善提案である。指定管理上の制約、県の責任も前述したとおりである。 B一部寮の閉鎖による欠員対策 これも中井やまゆり園ですでに行われていることであり、これも指定管理の性格上、県が責任を持って実施するよう、法人から要請すべきである。 (2)大規模施設支援の限界を乗り越え、職員のやる気を喚起するため、利用者の地域移行を推進する 前記(1)の提案は、職員の実数に応じた施設の改善提案であるが、そもそも集団生活を送る中での支援は、利用者にとっても支援職員にとっても「生活の楽しさ」を実感することが困難な生活空間を作り上げる。これを打破し、利用者にも職員にも生き甲斐とやる気を喚起するためには、小人数あるいは単独の生活空間の創設が必要であり、将来的には、愛名やまゆり園本体は、短期利用中心のセンター機能と、GHのバックアップ機関とする方向を志向すべきである。これは、愛名やまゆり園が指定管理を続ける場合でも、独立行政法人の中に組み入れられた場合も同じである。いつまでも古い抑制的・威圧的な支援を集団的に施設で行うべきではない。 (3)法人の規模の縮小と法人運営の抜本的改革 現在の共同会の組織は大きすぎて、法人本部と各施設の動きがうまく連動できていない。抜本的な対策として法人の規模の縮小は視野に入れるべきである。 合わせて法人には現場の支援を具体的にサポートする仕組みを導入する必要がある。専門性を高め統一的な支援方針を導入するために責任を持つ部門が不可欠である。 また職員のモチベーションを高めるため、処遇改善費の扱いや資格手当の見直し、導入など様々な方策が検討される必要がある。さらに硬直化した人事体制を改革するため、年功序列制の廃止や部下や同僚からの人事評価の導入、スキルのある職員の管理職登用など、柔軟な人事施策の導入が必須である。このような具体的対策は一例であり、法人による人事制度の改革は専門機関の支援を借りてでも行うべき施策である。 この点、県は共同会に組織改革を働きかける以前に、独立行政法人化を公式に表明しているが、その詳細が不明であり、職員や利用者および家族の不安を招いている。そのような不安を解消するためにも県は早急に具体的なシナリオを公表すべきである。 (4)相部屋の解消 現在愛名やまゆり園では、4人部屋が存在しているが、これを早急に解消すべきである。これは県の責任が大きいと言うべきである。もともとこのような相部屋は本報告書でも指摘しているように、県の施策としても存在してはならないはずであった。これをどのように解消していくのか、今後の検証に当たっては、県の責任が重大である。 (5)看護課との連携の改善 令和5年の元職員Xによるせせらぎ寮の虐待事件については、この問題が大きいが、これは早急に解消されるべきある。園も努力をしているが、改善はされていない。この点は、外部医師の協力や調整が不可欠であり看護部門の物的課題も多く存在するため、法人が責任をもって改善の努力を続けるべきである。 (6)利用者も支援者も生きがいをもてる良い支援の工夫を 各園には、すでに虐待防止委員会、身体拘束適正化委員会やヒヤリハット委員会などの組織が存在しているが、機能していない。これは法人および園側の見方が、これらはネガティブな情報を提供する委員会であるとの見方が根強いからであり、古い支援観に基づいて、これらの委員会の活性化をいくら説いてみたところで活性化は望めない。利用者および職員にとって生きがいを持てる「良い支援の検討委員会」にする意識が必要である。名前を変える必要は必ずしもない。 (7)研修の改革と法人全体の情報開示の必要性 これまでの我々の分析では、現状では各種研修が行われているものの、現場では1)「集団処遇」を基本にした「強度行動障害」への対応が中心であり、2)圧力による利用者コントロール、3)「ダブル勤務」による対応方法の強化が行われていた実態があり、研修の実は上がっていなかった。このような状態で研修を繰り返してみても職員にとってもなんの参考にならないので、実際に支援現場に響くような研修が必要である。 そのためには、現場の実情に精通した外部有識者をいれて研修を行う必要がある。そしてその前提として現場の実情の情報開示が必須である。 また、法人全体の状況を職員にも理解してもらうために、経営・財務の専門家を採用ないしコンサルタントとして招いて、法人の状況(採用計画含む)を職員に正確に伝えることが必要である。これも前提として、法人側の情報開示が必須である。 3 まとめ 上記に例示した改善策を実現することは容易なことではない。 しかし、共同会が真に改革を企図し、全ての利用者を守り、また利用者のためにあろうとする職員達を守っていくという意思があるのであれば、実現に向けて努力しなければならない課題であると考える。 以上