ホーム > くらし・安全・環境 > 防災と安全 > 防災・消防 > 関東大震災100年事業特設ページ > 神奈川震災記念館 > 県内各地に残る震災遺構 > 寒川神社(寒川町宮山)と一之宮八幡大神(寒川町一之宮一丁目)
初期公開日:2023年8月25日更新日:2024年11月19日
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キーワード:要配慮者の被災
※地理院タイルに遺構の位置を追記して掲載
高座郡旧寒川村の住宅被害は、全潰率は約60%前後、倒潰率は約80%にのぼり、甚大な建物被害を受けました76。
寒川神社は県内で鶴岡八幡宮とともに国幣中社に列せられていた神社で、JR相模線「寒川駅」から約1.2km北西にある参道から三ノ鳥居をくぐった先に石造の鳥居の一部と立札があります(図3.22-1)。
この鳥居の一部は1796(寛政8)年、木内善治郎の寄進により参道に建立された一ノ鳥居の一部です。一ノ鳥居は、1855(安政2)年江戸大地震、1923(大正12)年関東大震災と二度にわたって倒壊しました(図3.22-2、3.22-3)77。現在は震災で倒れた一ノ鳥居に変わって新たに鳥居が立てられています。
また、寒川駅の南側にある一之宮八幡大神の本殿(図3.22-4)では、「大正十二年、関東大震災により建物一切倒壊するが、同十五年、本殿他を再建す」との説明板(図3.22-5)があり、今の本殿が震災後の再建であることが分かります。本殿の前を左に進むと2つの大きな石碑が建っており、向かって右が大震災記念碑です(図3.22-6)。
背面には、亡くなった方として、18名の氏名と年齢が書かれ、名前から男性7名、女性11名で年齢は1才から73才で高齢者と子供も被害を受けたことが分かります。
76 諸井孝文・武村雅之, 「関東地震(1923年9月1日)による被害要因別死者数の推定」, 日本地震工学会論文集, 4(4), 2004年
77 武村雅之・都築充雄・ 虎谷健司, 「神奈川県における関東大震災の慰霊碑・記念碑・遺構(その1 県中部編)」, 2014年
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