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更新日:2019年6月7日
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1 トラフグ種苗放流の季節がやってきました(栽培推進部 中村良成)
2 ワカメについて(企画指導部 相澤康)
梅雨入りが間近となり、田植えの季節がやってきましたが、水産技術センターではトラフグの種苗放流に向けて慌ただしくなる季節です。南伊豆から卵で運ばれて、ちょうどソメイヨシノが散るころに孵化したトラフグの稚魚は現在全長約2cmで、6月の終わりには全長4cm前後に成長します。その稚魚を県内数か所の藻場や砂浜に放流します。
縞模様などないのになぜ「トラフグ」と呼ぶのか?と不思議でしたが、種苗生産の魚を見て改めてわかりました。稚魚の頃からとにかく獰猛な魚です。目の前に他の稚魚の尾鰭が見えるとたちまち噛みつきます。フグ料理屋さんの活魚水槽の中のトラフグたちを一度ゆっくり見てみてください。ほとんどの魚の尾鰭がなくなっているはずです。まさに「トラ」フグです。
種苗生産中にいかに噛み合いの発生を抑えるか?は全国的な課題です。これを防止するためには飼育密度をできるだけ薄くしなければならず、数万匹単位で生産するには数十トン容の大きな飼育池が数面は必要でした。しかし、試行錯誤の結果、本県では照明をできるだけ暗くする(数lux)とともに、植物プランクトン(海産クロレラ)や動物プランクトン(シオミズツボワムシ)を大量に投入して飼育水の透明度を低下させることで、高密度で飼育しながらも噛み合いの発生率を10%以下に抑えることに成功しました。50t水槽一面で5万尾以上の種苗(平均4cm)を安定的に生産することができます。これは「神奈川方式」と呼ぶにふさわしい画期的な高密度飼育です。
しかし、全長が4cmを超えると高密度飼育も限界に達し、噛み合いを防ぎきれなくなります。さらに、1日で1mm以上と急激に成長していくため、時間との戦いになります。放流担当者は天気図とにらめっこしながら、トラックの確保、放流地点の漁協との調整、人員の確保と、まさに手配師として忙殺されます。
放流後の種苗はヨコエビやゴカイなどの底生生物を主要な餌として成長していきますが、放流直後は川から流れ下る昆虫など、食べられそうな動物性蛋白質は手あたりしだい口にしているとの報告もあり、トラフグの稚魚はまさに腹を減らしたやんちゃ坊主です。
放流後数カ月して秋には早くも全長20cm・体重200gとなり、ショウサイフグやコモンフグに混じって魚市場に水揚げされるようになります。翌年春には約30cm・400g、その年の冬(2歳前)には約40cm・1kg、に成長します。この位のサイズになると市場でもkgあたり数千円で取引されるようになります。放流した年の秋に獲れる小型のトラフグはせいぜい一尾100円前後ですが、これが1年半後にはその数十倍の値段になるのですから、小型トラフグは再放流していただく取組を何とか広げていきたいものです。
さて、数年前、彼岸過ぎの春に東京湾口部の久里浜沖で1kg以上のトラフグが遊漁船でまとまって漁獲されるという「トラフグフィーバー」が発生しました。トラフグの産卵場は、伊勢湾口や豊後水道が知られていますが、春に潮通しの良い水深数十mの砂礫底に産卵します。久里浜沖も湾口部で潮の速い海域です。「これは産卵に集まっているに違いない」と直感しました。さらに、その2~3ケ月後、東京湾奥の葛西臨海公園の人工渚での調査曳網に「見慣れないフグの稚魚が入る」との情報をキャッチし、そのサンプルを見たところまさにトラフグの稚魚でした。
どうやら種苗放流によって東京湾に新たな産卵場が形成されたとともに、その卵から生まれた稚魚が東京湾の浅場ですくすく育っているようです。
従来、栽培漁業の取組みは、放流した種苗の再捕率を評価する「一代回収型」で行われてきました。しかし、本来なら、放流種苗が成長し、一部が親となって天然海域でも再生産に参加して資源を増やしていくことが理想です。これを「再生産期待型(資源増殖型)栽培漁業」と呼んでいますが、本県のトラフグがこれを実証する貴重な事例(おそらく全国初)になるのでは?と注目されています。現在、国の研究機関と協力してDNA分析でその実証と評価に取り組んでいます。
1kg以上のトラフグは主に真冬のはえ縄で漁獲されるため、獲るものが少なくなる真冬の良き収入源となり、漁業者の期待も大きく強い関心が寄せられています。トラフグが東京湾や相模湾の新しい名物となり、「みさきマグロ切符」ならぬ「三浦半島トラフグ切符」なんて切符が発売される日が来るかもしれませんよ(笑)。
写真1 孵化後10日目、全長約4mmのトラフグ仔魚
写真2 放流間近のトラフグ稚魚(全長約40mm)
写真3 トラフグ放流風景(走水地先のアマモ場でサイフォン方式で直接放流)
写真4 横須賀市長井漁港に水揚げされた全長45cm体重約1kgのトラフグ成魚
お味噌汁や酢の物でお馴染みのワカメ。神奈川県ではワカメ養殖が盛んです。収穫期は冬で、大きく育ったワカメの根元にはメカブが出来ます。メカブは刻むとネバネバした食感で美味しくいただけますが、これは陸上植物では花のような役割を持つ部分です。春になるとここから顕微鏡でしか見えないサイズの遊走子という種のようなものが泳ぎ出し、岩や岸壁に付着すると、少しずつ成長しながら、冬には大きくワカメまで育ちます。
ワカメの養殖業者さんは、遊走子を糸に着けて種糸を作ります。ちょうど今、春から入梅までは、種糸を検査する時期です。
種糸を少し切り取り顕微鏡で見て、遊走子から育った粒々が見えれば一安心です。秋にはこの粒々が小さなワカメの芽に育ちますが、それまでは薄暗い室内の水槽で静かに夏を越させます。
このようにワカメは、陸上の花の咲く植物とはだいぶ違う1年を過ごして成長します。このコラムで機会があれば、またワカメの生活史をお知らせします。
ワカメの種糸拡大図
企画研究部企画指導課
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