少子高齢社会の人材マーケットにおける就職氷河期世代の重要性
少子高齢社会における就職氷河期世代の現在地
日本では1970年代前半から少子化が進行し、1966年の「丙午」の出生率を下回った(1.58倍)1990年前後から社会課題として本格的に議論されるようになりました。少子化の主な原因は価値観や社会環境の変化による婚姻率の低下や晩婚化とされていますが、近年は非正規労働者の増加や所得水準の低下に伴う経済的な理由によって婚姻率低下や晩婚化に拍車がかかっている状況です。
就職氷河期世代は、1970年代から1980年代に生まれ、1990年代半ば以降に初職に就いた人たちです。
初職についた頃に雇用環境が悪化しており、令和の現在から振り返ると「失われた30年」と言われる時期に職業生活を歩んできたことになります。2000年代半ばには、「失われた10年」と言われていましたが、リーマンショックの影響により30代を迎えつつあった当時の若年者は雇用環境が改善する2010年代半ばには、30代後半〜40代となっていました。
2003年に全国の都道府県に若年者就業支援センター(ジョブカフェ)が設置されたり、2000年代後半に求職者支援制度や雇用調整助成金制度の活用など、就業促進施策が一定の効果を奏し、就職氷河期世代の正社員転換は進んできましたが、それでもなお、不本意非正規労働者は2019年時点でも数十万人いるとされ、正社員で働いている人であっても他世代に比較して所得水準が低くなっています。
この世代はキャリアの初期から就職につまずく人も多く、また不本意ながら労働環境が悪い職場で働いてきた人も多かったことから離転職を繰り返している人も多くいるのが特徴と言えます。
こうした不遇とも言える社会環境の中で、キャリアを歩んできた就職氷河期世代ですが、現在、この世代の社会全体から見た立場は重要性を増してきています。まずは人口ボリュームです。人口ピラミッドを見ていただくとお分かりいただけると思いますが、20歳〜65歳の生産年齢人口の中では、とても大きなボリュームを占めています。もはやこの世代を社会で活用しないと社会が回らないと言っても過言ではありません。そしてこの世代の中心は現在40代であることを考えると、企業の中の中間管理職や中堅から熟練者の域に達している層となります。職場での活躍を期待されつつ後進の指導育成にも力を発揮しなければならない年齢層となってきています。また、家庭や社会の中では親世代の介護や年金を支える中核世代とも言えます。
就職氷河期世代活躍のために
2019年に国の就職氷河期世代活躍支援プランが始動し、この世代の集中支援が動き出しました。先に述べたように社会保障制度や社会システムを今後も安定的に維持していくためには、この世代の一層の活躍が欠かせないからです。全国に数十万人いるとされる不本意非正規労働者の正規転換や、福祉と就労のかけあわせ施策などが展開されてきましたが、その期間の大半がコロナウイルスの蔓延期と重なる不運もあり、期待された施策効果は未だ道半ばの状態にあります。とは言え、この期間中も就職氷河期世代は確実に年齢を重ね、キャリアを積み重ねてきました。現在のこの地点が新たなスタートラインと捉えなければならないでしょう。
2023年夏に発表された「経済財政運営の基本方針」(通称「骨太の方針」)では、就職氷河期世代の活躍支援にも触れつつ、社会全体として産業構造変化に合わせた労働移動の必要性が述べられていました。つまりDX(デジタルトランスフォーメイション)や、GX(グリーントランスフォーメイション)といった成長産業に、社会全体で労働者が移行していくようにリ・スキリングなどを進めていくということです。国や都道府県の職業訓練センターでも確かに失業者の職能開発はされてきましたし、第三のセーフティネットである「求職者支援制度」でも求職者や非正規労働者のスキルアップ支援が進められてきましたが、従来、労働者の人材育成、職業能力開発は企業内研修(OJTを含む)に頼る部分が多かったのが実情です。
こうした状況を変え、企業内研修と企業外部での職業訓練の接続を進め、社会全体で産業構造転換に即した人材育成を進めていく必要性が述べられました。2023年度はその過渡期の一年、2024年度から本格的にその動きが見え始めてくると思われます。就職氷河期世代である40代〜50代前半の人たちにとっても、もちろんこのリ・スキリングの対象です。筆者自身のリ・スキリングの経験(36歳から2年間、大学院で学び、45歳の現在は自費でシステムシンキングと語学の学習をしています)から考えて、まだまだ学ぶ意欲さえあればレベルアップできることを実感しています。(ただし、ここで強調しておきたいのは「学ぶ意欲」を本人が持っているかどうか、ではないでしょうか。)
昨年暮れ、筆者は北欧デンマークとスウエーデンの両国の職業訓練の現場と労働施策の取り組みを視察してきました。デンマークは「フレキシキュリティ」という雇用制度が有名です。スウエーデンは「リカレント」発祥の国です。いずれも非常に職業訓練に力を入れておられます。スウェーデンでは移民の増加に伴い、職業訓練と就労支援施策を拡充させ、移民であっても高度な職業に就けるプログラムを開発しておられました。非常に苦労されておられましたが、筆者にとっては、彼の国の移民の位置に、日本の非正規労働者がいるように思われました。つまり非正規労働者の多くも、彼の国の移民の多くもキャリアアップの機会が乏しく、所得もずっと低い状態という共通点です。
スウェーデンで移民を対象とした職業訓練で力を入れていたのは、やはり、リ・スキリングでした。そして職業だけではなく、生活上の相談もできる制度もありました。北欧諸国は最も人口が多いスウェーデンでも人口1000万人です。国内市場だけをマーケットとして捉えても産業が立ち行きませんので、グローバル市場を相手に勝負できるような産業を育成することに力を入れ、国を挙げて、人々のスキルアップに注力されていました。そうした事柄が奏功してかわかりませんが、北欧諸国は国民の幸福実感がとても高く、一人当たり労働生産性やイノベーション度と言った指標でも、国際的に軒並み最上位に名を連ねています。
話が逸れてしまいましたが、日本においてもリ・スキリングが昨年ごろからトレンドとなり、多くの企業や自治体が取り組みを開始しました。単にスキルアップすることではなく、産業構造転換を意識したスキルアップがリ・スキリングであると筆者は捉えています。この産業構造転換は、何もオールド産業が悪いということではなく、例えば伝統産業であったとしてもAI(人工知能技術)を活用することで、飛躍的な付加価値創造を実現できると考えています。産業を変える必要はなく、その構造を転換することが重要なのかもしれません。就職氷河期世代が活躍するためには、これまで得てきた多様な経験を活かすために、自らが意欲的にリ・スキリングに取り組むこと。そして企業はそれを支援していくことではないかと考えます。それこそが、現在の日本の中心的な年齢層となってきている就職氷河期世代に求められていることでしょうし、中長期的に見ても、社会保障を維持していくために重要な取り組みであると考えられます。
就職氷河期世代のこれから
国の就職氷河期世代の集中支援期間は1度の延長を経て2024年度をもって一旦の区切りになると聞き及んでいます。しかし就職氷河期世代の活躍は企業にとっても、社会にとっても極めて重要だと考えられます。
この数年間、筆者も各所のセミナーに呼んで頂き、就職氷河期世代の採用・活用について企業人事担当者向けにお話をさせていただいてきました。またマスコミや専門誌にも寄稿する機会を得てきたわけですが、中には「なぜ、就職氷河期世代を優遇するのだ?」というご意見やご批判も頂戴します。数値だけ見ると、確かに就職氷河期世代の非正規労働率は他の世代とそれほど差がなくなっていますし、政策効果により一定の正規転換が図れてきた実績が見て取れます。しかしながら、働く人にとって「正社員」がゴールではないと思っています。すなわち、その人が幸せに日常を生活できるための「安定した収入」が必要なのではないかと思うのです。
(大卒・大学院卒の入職後経過年数と年収)
近藤絢子「就職氷河期世代のその後:雇用・所得・健康状態」(2022 年 4 月)より引用
就職氷河期世代の所得は、その前の世代と比較して低い水準にあります。これはいくつもの原因があるとされますが、初職時に中小企業に入社する人や非正規、無業の人が多かったことがその後の所得水準に影響を及ぼしていると考えられています。結果的にキャリアをうまく形成することができなかったということです。また雇用形態が多様化し初職段階で非正規就労をする人が増加した(不本意に非正規就労をせざるを得なかった人も相当いた)ことも一因だと考えられます。
就職氷河期世代にとっての失われた30年はもう取り戻せないのでしょうか。筆者はまだ間に合うと考えています。筆者自身が就職氷河期世代のど真ん中の年齢で、まだまだ学ぶ意欲も、学ぶ力も衰えていないと実感していることが一番大きな理由ですが、各地の氷河期世代向け合同企業説明会やセミナーに参加してみて、彼ら彼女らの必死さや真面目さ、意欲は非常に高く、目はまだ輝いていました。そうした人たちがまだ見ぬ未来の入り口に、合同企業説明会やハローワークでの新たな出会いで、生き生きと働く姿をなんとなくイメージすることができます。所得は最終的にはその人がパフォーマンスを発揮し、それを企業が評価するか次第ですが、それは本人に学ぶ意欲があるのであれば、まだまだ向上させていく余地があるのではないかと考えています。
2024年1月に発表された労働政策研究・研修機構の「就職氷河期世代のキャリアと意識」では、就職氷河期世代は正社員になったり非正規になったり、無業になったりという「ヨーヨー型キャリア」であったとし、当事者へのインタビューを通じて、「交流・情報交換の場へのニーズ」と「職業訓練期間の延長」を政策課題として取り上げておられます。また、同時に親の高齢化だけではなく、就職氷河期世代自身が高齢の単身者となる局面が近い将来訪れることから、「就職氷河期世代の家族・住まい」が大きな問題になってくることも示しています。
就職氷河期世代の無貯金率は高く、四人に一人が貯金がないというデータもあります。この世代が年齢を重ねていった20年後には、どのような社会が待っているのでしょうか。生活保護受給率がもっと高まるという見解や、貧困の連鎖により子世代・孫世代にまで影響が生じるという見解も聞かれます。ただし、まだそれらは可能性であり、これからいくらでも私たちは変えていくことができます。その一歩こそが、就職氷河期世代一人一人がリ・スキリングなどの職業能力開発を行い、社会で活躍していくことだと思います。当事者である労働者はもちろんですが、それは労働者だけでは成立しません。企業の力が必要です。
目の前にいるヨーヨー型の人生を歩んできた就職氷河期世代の経験に目を向け、本人も気づいていない経験を発掘し、そして本人と一緒にスキルアップをして行きませんか。そうすることが企業の成長につながるでしょうし、将来の社会や次の世代のためにも必要なことだと考えています。
藤井 哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX代表取締役。1978年生まれ。大学卒業後、規制緩和により市場が急拡大していた人材派遣会社に就職。問題意識を覚えて2年間で辞め、2003年に当時の若年者(現在の就職氷河期世代に相当)の就労支援会社を設立。国・自治体の事業の受託のほか、求人サイト運営、人材紹介、職業訓練校の運営、人事組織コンサルティングなどに従事。2019年度の1年間は、東京永田町で就職氷河期世代支援プランの企画立案に関わる。2020年から現職。しがジョブパーク就職氷河期世代支援担当も兼ねる。日本労務学会所属。