スペシャルインタビュー
学びのススメ
大きなキャリアチェンジをきっかけに「学び直し」を考える方も少なくありません。
第一線で活躍をされている著名人の方々に、
体験談を含めてご自身の「学び」について伺ったスペシャルインタビューです。
エド・はるみ氏インタビュー
「少しでも良くしたい」という気持ちが原動力
独自のネタで旋風を巻き起こした一方で、現在は、筑波大学の大学院で博士課程に在学し研究を続けながら、講演活動の他、商品開発やアーティスティックな分野などでマルチに活躍していらっしゃるエド・はるみさんにお話を伺いました。
2024/11/12
目標や目的に向かって突き進むための良い環境づくり
新劇女優からお笑いの道へ進まれた経緯を教えてください。
幼少の頃から周囲の人が笑って楽しんでくれることを表現するのが大好きでした。先生のものまねをしたり、寸劇を作ったり、でも勉強も頑張る大変活発な子どもだったと思います。お芝居がしたい、女優になりたい、と思ったのは小学校1・2年生の時からですが、当時、大人気だった山口百恵さんのドラマを見てその思いを強くしました。明治大学に入学し演劇理論を学び、まずは夢だった演劇研究部に入部しました。卒業後は、女優になるという目標への一歩として、渡辺謙さんなどを輩出した劇団「円」の研究生になりました。その後ずっと芝居一筋で、夢を叶えるために朝から晩まで本当に頑張りました。やがて、アルバイトに長い時間を取られずに芝居に集中できる環境を作ろうと思い、当時、花形だった時給の高いパソコンインストラクターの仕事をするために猛勉強し、3か月で資格を取りました。そこからは働きながら、長い長い下積み生活を送りましたが、いつかきっと女優として…という強い気持ちが20年、一度も揺らぐことはありませんでした。
ですが、そう信じて進み続けていた40歳手前で、私は初めて立ち止まりました。「あえて笑いを封印して、シリアスな芝居を追求する芝居の世界に飛び込み、一心不乱に頑張って来たれど、お客様は本当に喜んでいるのだろうか、楽しい時間だったのだろうか」と…。
周囲を笑わせることが好きで、小学1年生の時、私の決めの一言で何百人もの全校生徒が一斉に爆笑した体験が忘れられず、「やはり私の原点は、笑いなのだ」と。じゃあ初心に返ろうと、新劇から笑いの世界へ転じる決意をしました。
そこで、笑いの世界の最高峰といえば、やはり吉本です。すると偶然、ネットで東京にも吉本興業の養成所があることを知りました。そして、もしこれで世の中に出られなかったら、全て諦めて年齢に合う生き方をしようと。本当に、最後の賭けでした。なので、養成所の審査も書類の一次審査で落ちるわけにはいきません。応募資格は18歳以上。でももし本当の年齢「40歳」と書けば、その数字で落とされるかもしれない。二次試験の面接で実際に会って落とされるなら諦めがつく。そこで履歴書には「28歳」と書きました。そんな思いが功を奏し、二次面接まで行けましたが、審査の先生には、書類と私を二度見されました(笑)。そして本当の年齢をお伝えしたら「オモロイやないか」と合格したのです。
同期の若者500人は、みんな頑張っていましたが、「これが本当に人生最後のチャンス」だと思い、授業に臨んでいた私は、正直、身体中から炎が上がっていたと思います。授業は1日も休まず、誰よりも早く行き、先生の記憶に残るように常にオレンジ色の服を着て、必ず一番前の真ん中の席で授業を受け、メモを取りました。その1年間のノートは5冊にのぼり、今でも宝物です。
先生方は本当に真剣に私たち生徒と向き合ってくださり、お願いをすれば個別にネタを見てくださる時もありました。そんな、誰もが熱心で熱い環境の中、当時は古い校舎だったこともありトイレが汚れていたり、駅からの道にゴミが落ちていたりすることが、私は気になっていました。せっかく若い人たちが才能に溢れていても、学ぶその環境が汚れていれば、せっかくの才能も心も荒んでしまう。そう思った私は、100円ショップで掃除道具を買い揃え、勝手に掃除し始めました。中には点数稼ぎだと揶揄する人もいましたが、気にする必要はありません。汚かった場所がきれいになれば、それでいいではないですか。とにかく1年間、悔いの無いようにと全力でやった結果、卒業時の全員オーディションでは1位を頂き、ルミネtheよしもとで舞台デビューを果たしました。
世の中が少しでも暮らしやすく、心地良いものに…が、原動力
大ブレイクされたのち、慶應義塾大学の大学院に進学されましたが、
新たな道に進む原動力はどこから生まれてくるのでしょうか。
私の中では、全てがつながっています。芝居の世界から始まり、笑いの世界に転じ、命懸けで頑張り続けてきた中で、自分なりに色々感じることがありました。たとえば「社会の声」という主語を大変大きくした言い方がありますが、実際は「社会」は、一人一人の集合体でしかなく、ではその「人」とは一体何だろうと。分かったつもりでいたけれど、本当は、自分は何も知らない、分かってなどいないのかもしれない。ならばその「人」や「世の中」というものを、もう一度学び直したいと思い、大学院に行こうと決めたのです。
今、この年になっても、研究を重ね、本を読んだり、先生から講義を受けたりすればするほど、本当に知らないことだらけなのだということを知ります。そして物事を知れば知るほど、「自分は何も知らないのだ」という謙虚な気持ちで一杯になります。
一方、自分の中にずっとある、「世の中や社会が今よりほんの少しでも良くなったらいい」という願いが、現在の研究者としての思いにつながっています。私が、ゼロから開発したカードゲーム『シンパサイズ※』も、コミュニケーションが苦手、でもどうしたら?と苦しんでいる人が、ゲームを通じて遊びながら笑いながら、身につけられていけたらいいな、という思いが形になったものです。
そして、現在の私の研究は、学術的な学びを得た上で、先人の方々の知見や知識の積み重ねの上に形や機能を思考し、それを使う事で今苦しいと感じている人たちが少しでも便利だったり、心地良くなれたりする、モノやシステムを作り出すことです。それが研究者として将来、私が目指す姿でもあります。
※『シンパサイズ』とは、慶應義塾大学 社会&ビジネスゲームラボ主催の、「第1回 全日本ゲーミフィケーションコンペティション」で特別賞を受賞したエド・はるみさん創作の『Oh!そうだったんだ!Game』をベースとして作った、コミュニケーションスキルの練習や向上を目的としたカードゲームである。
何事も、決めつけない。そして一生、勉強。
「何かに挑戦したい」という思いについて、エドさんのお考えを聞かせてください。
私は、「人は一生、学び続ける」と思っています。そして、何事も決めつけず、<勉強>というより、自分が知らないことを<学び>続けたい。世の中は、分からないことだらけです。人が「知っている」というのは、分かったつもりでいるだけではないのか?という疑問が、常に自分の頭にはあります。なので、意識していつも、できるだけ自分を真っさらにして人の話を聞き、自分の思い込みや足りなかった知識を上書きしていく、そういった意識の積み重ねが、日々大切なのではないかと思っています。そして「自分は何も知らないのだ」という謙虚さや、逆にまだまだ未知のキラキラした若い感性を持ち続けたいなと。
以前、ずっとトライアスロンが気になっていました。そこで2019年に思い切って、自転車からウェットスーツまで全てを買い揃え、ハワイのホノルルの大会にエントリーしてチャレンジし、完走しました。足がつかない海の中を泳ぐのはものすごく怖くて、これ以上は、自分には向いていないと思いました。でもこれはやってみたから分かったことです。体感し、経験してみて「分かる」ことが大切で、それなら悔いもないですね。また、そうやって実感して分かることで、「やめる」という選択肢も生まれます。そしてそれは「もう分かった」と思える所まで行動したからこそ、選べたことですね。
しかしその一方で、どんなに途中辛くても、その先に自分の大きな目的があるのなら、簡単に諦めず、歯を食いしばってやり通すことが必要な時もあります。
私も今、研究に必要な統計や分析と対峙していますが、研究自体、正直容易な道ではありません。しかし歩みは遅いながらも、少しずつ分かるようになってくる。なので、一方で「諦めない」、ということもとても大切なことだと思います。
とにかく、大切なのは「行動する」ことです。誰かが言っていた、良い言葉を思い出しました。それは『人間も「動物」です。ですから「動く」ことが大事な生き物なのです』というものです。素敵な言葉ではないでしょうか。
“1ミリ”でいいから、動いてみる。
生涯学習に興味のある方へ、メッセージをお願いします。
「生涯学習」や「学び」などと大きく構えずに、身近なところから、例えば“1ミリ”でもいいから動いてみませんか。“1ミリ”と思えば、気楽に始められますね。人は、頭で考えることも大事ですが、ある程度考えたら、「動き出して」しまいましょう。結局、行動しなければ何も変わりません。昨日と同じ1日の繰り返しです。そして、不思議なもので、人は動き始めるとその立てたアンテナに、関連する情報がどんどん飛び込んで来るようになります。もしも、好きで取り組んでいると時間を忘れてしまうようなことが1つでもあるなら、そこから小さく始めてみる。例えばそれについての本を、1ページめくってみるだけでもいい。次に、そこで気になったお店を少し覗いてみるだけでもいい。そうやって一歩一歩 、行動に移してみる。それは、本当にささやかなことでいいと思います。
人の可能性は無限です。よく言われることですが、殆どのことには「年齢」や「遅すぎる」ことはない、と私は思います。そして、その意識や行動が大切だと。人は「死ぬ」まで「生きて」います。その生きている時間に何をするか?人はどんどん変わっていけますし、変わっていいんです。自分の可能性を狭める必要はありません。そして人生の最期に、「もっとああしておけば良かった、こうすれば良かった」と後悔しないように。
そしてできれば、どんな小さなことでもいいから、「自分の為」だけではなく、何かや誰かの為に、それが役立つものであれば、さらに素敵なのではないかと、私は思うのです。
プロフィール
エド・はるみ氏
研究者・タレント。
明治大学文学部卒業後、女優として舞台やドラマ,映画,CM等に出演してキャリアを積み、2005年に笑いの道に転じて、吉本興業の養成所へ。 2008年、持ちネタの「グー!」で「ユーキャン新語・流行語大賞」を受賞するなど大ブレイクを果たす。2018年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程を修了し、修士号を授与される。2023年4月筑波大学大学院博士課程に合格し、現在2年在学中。今は大学院で研究が中心のほか、講演会を行う。
2019,2021年と絵画で二科展において入選を果たし、2022年には、オリジナルで開発したカードゲーム『シンパサイズ』が、グッドデザイン賞を受賞した。