スペシャルインタビュー
学びのススメ

大きなキャリアチェンジをきっかけに「学び直し」を考える方も少なくありません。
第一線で活躍をされている著名人の方々に、
体験談を含めてご自身の「学び」について伺ったスペシャルインタビューです。

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室井滋氏インタビュー
自分の範疇から飛び出してみる
そこからつながる新しい発見

俳優、エッセイスト、絵本作家、そして2023年4月にはご出身地である富山県・高志の国文学館の館長に就任されるなど、幅広い方面で活躍を続けていらっしゃる室井滋氏に、多彩な活動にまつわるお話を伺いました。

2025/03/13

人生の道を示す灯台となった、父との交換日記

俳優業と執筆業という異なるフィールドで活躍していらっしゃいますが、それぞれのお仕事を始められたきっかけを教えてください。

富山県の海沿いのにぎやかな商店街で、代々商店を営んでいる家の10代目として育ちました。祖父母も同居していた本家だったので頻繁に親戚の出入りがあって、賑やかな家でしたよ。いとこと騒いだり喧嘩したり、大人や歳の違う子供にも囲まれていた環境だったので、一人っ子だったのですが、いわゆる一人っ子とはちょっと違う感じでしたね。田舎の小さな世界の中でたくさんの刺激を浴びて育った、感受性の強い、わがままだけど気を遣う子供で、自分でいうのも何ですが、今より頭の回転が早くて物覚えの良い子だったかな(笑)。

小学・中学時代は、クラス委員をやるようなタイプでした。両親が小学校高学年の時に離婚をしまして、環境がガラリと変わりました。父と年老いた祖母との三人暮らし。父が仕事で帰らないと、祖母と二人っきりといった日々が続き、それで夜な夜な映画やお芝居を観に行くようになったんです。父に、夜どこに行っているのかと聞かれて正直に話したら、それなら観た映画やお芝居の感想文をノートに書いて、チケットの半券を貼っておけば、その分はお小遣いとは別にあげるから、と言われて、父との交換日記が始まりました。小説でも漫画でもコンサートでも、芸術分野に関することには理解が深い父でした。

高校2年生の時にクラスの出し物のシナリオ書きと演出をしました。主演も務めて披露した劇の反響がものすごく大きくて、観ている人がみんな号泣!その経験から「お芝居って面白いな」と感じて、父の母校でもあり演劇が盛んだった早稲田大学に進学し、学生演劇、自主映画、さらにはプロの道へと進みました。その傍らで大学時代にアルバイトで書いたロケ弁のコラムが少々ウケて、そのままトントン拍子に色々なお仕事をいただくようになったことが、執筆を始めたきっかけです。

父との交換日記がなかったら、きっと今の私はなかったと思います。父が私の進むべき道を灯台の光のように示してくれていたんじゃないかと感じています。

絵本がつないだ新しい挑戦

2023年4月には高志の国文学館の館長に就任されました。

高志の国文学館は以前富山県の知事公館だったところを改装して生まれたとても素敵なところで、初代の館長は令和の元号の考案者として有名な中西進先生。2代目館長のお声をかけてもらった時、少し敷居が高いかな、と思いました。ですが、若い人たちにも文学館に来ていただくには、自分が絵本作家やエッセイスト、女優であることがお役に立つかもと思い、引き受けました。地元のラジオ番組をいくつか担当していて頻繁に富山に足を運んでいましたので、新幹線通勤は苦になりません。ただ、就任してから、館長になるということは「準公務員」になることだと知って、これは大変なことになったぞ、と(笑)。

もともと企画を考えることが好きでした。文学館でも色々なイベントや企画展を行っていて、その立案にも携わっています。朗読会などもやっています。朗読する作品を探すために生涯読む機会がないと思っていたジャンルの本もたくさん読むことになり、急激に読書量が増えました。

就任してすぐの頃、日本で開催されるG7の教育大臣会合(2023年5月)に参加される各国の方々が、高志の国文学館へ視察に来られることになったんです。富山県は万葉の国とも言われているので、それなら百人一首イベントをやろう!と企画しました。海外の方々も和歌の世界が難解でも、カルタ取りなら見た目にも楽しいだろうという考えだったのですが、私自身、百人一首をあまり知らず…、でもやらないわけにはいかない!だから必死で覚えました。大会に出場なさっている先生方から猛特訓を受けまして、皆でカルタ取りを披露したら、ものすごく喜んでくださって。写真もたくさん撮っていただきました。

今のお話にもあったように絵本を執筆されていらっしゃいますが、その経緯を聞かせていただけますか。

週刊文春で、1996年から12年間『すっぴん魂』というエッセイを執筆していたのですが、その挿絵をイラストレーターだった長谷川義史さんが担当してくださっていました。連載が終わって、その長谷川さんの個展に伺った時にお会いした金の星社の編集の方に「絵本を書いてみませんか」と声をかけられたのが、初の絵本『しげちゃん』を書くきっかけで、絵本の絵も長谷川さんが描いてくださることになりました。

最初に持って行った原稿は、「文字量が多すぎて、これは児童書ですね」と言われちゃって。でも私は絵本作家じゃないし…と開き直る気持ちと一緒に、それなら子どもに向けたエッセイのつもりで書けばいいんじゃないかと方向転換して生まれたのが『しげちゃん』です。私自身の名前にまつわるお話にしたのは、いろんな人たちに読んでいただくのなら、「名前」をテーマにすれば誰にでも当てはまるのではないか、との思いがあってのことです。

そんなご縁で、長谷川さんからも、絵本の原画展でのイベントに出てくれないかと声をかけられました。最初は二人で朗読をしていたのですが、音楽も入れたいね、という話になって、ピアニストの大友剛さんとサックス奏者の岡淳さんが加わって…大阪での初ステージがものすごくウケちゃって、そのうちに色々なイベントにも呼んでいただくようになって、自然発生的に結成されたのが「しげちゃん一座」(※1)です。絵本の『しげちゃん』は続編を書く予定はなかったのですが、ステージで朗読をするのにもっと絵本があったほうがいいな、と思ったことが、シリーズ(※2)“誕生の秘密”なんですよ。

※1「しげちゃん一座」:絵本『しげちゃん』発売を記念して2011年に結成された読み聞かせ楽団。公民館や学校、ホール、神社などで人数や場所の垣根なく行われるライブショーが大人気。全国津々浦々で活動中。

※2 『しげちゃん』(2011年)、『しげちゃんとじりつさん』(2016年)、『しげちゃんのはつこい』(2021年)の3冊のシリーズ絵本。金の星社より出版。
:『しげちゃん』は令和6年度版教科書『小学道徳 ゆたかな心 5年』(光文書院)に掲載されている。

人生の節目節目に訪れる「勉強させられる」不思議なタイミング

俳優、執筆、読み聞かせ楽団など、多彩なご活躍の原動力は何でしょうか。

俳優という仕事と、ものを書く仕事、私の仕事は媒体が違っても常にこのふたつが軸になっているのですが、俳優という仕事の中の小窓が開いて行くような感覚がいつもあります。

以前、児玉清さんが司会をされていたNHKの「週刊ブックレビュー」という番組があり、ピンチヒッターで2年近く司会を担当していた時期がありました。ゲストの方3人にそれぞれの推薦本を3冊ずつ紹介していただく対談番組で、つまり毎週9冊の本を読んでおかなければならないんです。さらには作家さんの新作対談コーナーもありました。本は子供の頃から好きで読んでいたものの、読書家というほどではなかった私が、その頃は寝ても覚めても、仕事の移動時間すら、夜でも車中で必死に読書をしていましたね。もともと台本やそれに付随した本を読むことは多いのですが、ジャンルを問わず与えられた本を読むことは新しい発見が多く、自分が選んだ本を読むこととは別の意味で楽しかったです。

高志の国文学館の館長の仕事もそうですが、不思議なことに、そんな風に人生の節目節目に自然と「勉強させられる」ようなタイミングがやってくるんです。それもひとつの原動力なのかもしれないと感じています。

ジャンルの違うお仕事に携わる中で、情報のインプットはどのようにされているのでしょうか。

意識したインプットは全くしていないのですが、「知りたい」という気持ちがあると、答えが向こうから勝手にやってくる体験が多いんです。疑問に思うことや知りたいなと思うことがあると、なぜか自然にその答えがいろんなところから現れてくる。おそらく気にかけて考えているから引き寄せてしまうのでしょうね。なんとなく知りたいと思うことや、重要ではないけれど不思議に思っていること、どうでもいいような疑問でも、いつも持ち続けていれば、いつかその答えがやってくる。私にとっては、この「なんだろう」という気持ちを失くさないでいることがインプットにつながっているのだと思います。

自分に似合わないことに挑戦して、自分の範疇から飛び出してみる

ご自身にとっての生涯学習とはどのようなものでしょうか。

最近『ゆうべのヒミツ』(小学館)という本を出版(2024年9月)させていただきました。読んでくださった色々な方々に、昔より語り口がさらに辛口になってるんじゃない?と言われます(笑)。読み返してみると自分でもそうかなって思うところも確かにありますね。気が短くなって、「もうそろそろ本気で言わなきゃ!」っていう年頃になってきていますから(笑)。

年を重ねて、最近ふと、老後ってどうなるんだろう、何をしようかな、と想像することがあります。やったことのない編み物をやってみようかな、とか、見たいDVDを今から集めておこうかな、なんて考えたり。自分が変わり始めている。勿論友人だってそうです。私は仕事でもなんでも一度お付き合いが始まるとずっと長く付き合うタイプなのですが、長く付き合っていて理解しているはずの相手のことが、実は知らないことだらけ。

だから、人でもなんでも「知っている」と頭でっかちに決めつけずに新鮮な眼差しで接することが大切なのではないでしょうか。それが何か新しい可能性との出会いになれば、勝手に生涯学習につながっていくこともあるのでは。構えず新しいことを学んでいけたら、それは素敵なことです。私自身、高志の国文学館の館長をやっていることも生涯学習のひとつなのかもしれません。

生涯学習に興味のある方々へのメッセージをお願いします。

生涯学習を考えている方も、そうでない方も、とにかく何かを、何でも良いのでやってみた方が絶対にいい!何をやれば良いのかわからない方は、あえて自分に似合わないことをやってみるのはどうでしょう。人は自分の範疇の中でしか行動しない傾向があるように思います。例えば気がついたら同じようなお洋服ばかり着ていたり。だからこの際、生まれてから一度もやったことのないようなことにチャレンジしてみてください。「やろうと思えば挑戦できたけれどやらなかったこと」だと、これから始めようとしても、それは今までの自分の延長線上にあるものですよね。自分の範疇から飛び出して、自分とは全然関係ないところにちょっと飛んでみれば新しい発見がきっとありますよ。不恰好になって笑われたって、少しでも自分が面白いなって思えればそれでいいんじゃないかな。

プロフィール

室井滋(むろい しげる)氏

富山県出身。早稲田大学在学中に女優デビュー。映画、テレビ、舞台、声優、CM、ラジオ、エッセイ、絵本など、さまざまなメディアで活躍。第18回日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞、第37回ブルーリボン賞 助演女優賞(ともに『居酒屋ゆうれい』)、第23回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『のど自慢』)、第33回日本アカデミー賞優秀助演女優賞(『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』)など、受賞歴多数。著書には1991年の大ヒットエッセイ本『むかつくぜ!』(1991年、マガジンハウス・のち文春文庫)を筆頭に、絵本『しげちゃん』(2011年、金の星社・絵/長谷川義史)など電子書籍化含め多数。2024年9月に新刊エッセイ『ゆうべのヒミツ』(小学館)発刊。2023年4月1日付けで富山県立高志の国文学館(富山県富山市)の館長に就任。